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2017年10月27日
第723回「ラングラーが届くまで3」
「だいたい150万くらいかかりますね」
とあるディーラーにいました。スーツの男性は、車体の上半身全てを換えないといけないため、それくらいかかってしまうとのこと。ある程度覚悟していましたが、予想を大きく上回ってきました。
幌が壊れやすいのはカブリオレ、いわゆるオープンカーの宿命で、実際修理は今回が初めてではありませんでした。中古で購入してから数ヶ月で不具合が生じ、窓ガラスと幌の接着面をビスのようなもので補強しました。大事に扱っていても経年劣化は避けられず、特に布なので、生地の収縮によってどうしても窓ガラスが剥がれてしまう、今回はまさにその状況でした。
「それにしても、150万とは…」
いっそ、買い換えてしまった方がいいのではと思わせる値。ディーラーの策略かもしれません。だからと言って、このままにしておいたら雨水が入って電気系統の故障したりと、ますますコストがかかってしまいます。
「やはり、ここしかないか…」
幌、修理。検索するといろいろ出てきます。たくさんあるのですが、やはりディーラーのような安心感はどこにもありません。いくつか問い合わせてみると、どこも個人でやっているから回答もまちまち、値段設定もバラバラ。なんとも当たり外れが大きい気がしますが、少なくとも、幌に手を焼いている人が多いことは確か。玉石混交な中で、嗅覚を頼りにしました。
「あ!やっぱりそうでしたか!」
いわゆる下町の住宅街にその小さな工場はありました。僕の姿を確認するなり、ハイテンションで迎えてくれます。
「はい、ディーラーに行ったら、150万かかるって言われまして」
「ははは!そう言うだろうね、ディーラーは!大丈夫、うちでやったら絶対剥がれないから!ははは!」
どこから来るのか、非常に自信のある言葉。でも、もう引き返せません。
「じゃぁ、お願いします」
絶対剥がれない超強力なボンドと、気のいい下町のおじさんの言葉を信じることにしました。
「明日の午前中には、到着すると思いますので」
ラングラーが出発してからというもの、なんだかそわそわしていました。冒頭でお伝えしたように、もうワクワクして胸がはちきれそうという状態とは程遠く、不安が波のように寄せては返していました。あんなに喉から出が出るほど欲しかったのに。気分を高めようと思っても、あの頃のボルテージにはどうしても及びません。
「いま、所定の場所に到着しました。」
到着の日。大きなトラックで運ばれて来るので、近くの大通り沿いで待ち合わせしていました。電話を切ると、僕は、やや急ぎ足で向かいました。初めてデートをする時のような、妙な緊張感があります。
「いた…」
大きなトラックの荷台に載せられて、アンヴィル・グレーのラングラーが光っていました。
2017年10月13日
722回「ラングラーが届くまで2」
2017年10月06日
第721回「ラングラーが届くまで」
だからと言って、到着までずっと胸を膨らませていたかというと、そうではありません。むしろ風船が萎むように、気持ちは収縮していきました。
「もう、ダメだ…」
相変わらず、沼と格闘する日々が続いていました。サイトを開いては、市場に上がっていないかチェックし、街で通りすがりのジープを目撃しては、指をくわえて眺めている。まさしく、恋のように苦しく切ない日々。自分の欲しいカラーと出会いたい。妥協したくない。そうこうしているうちに、年を越してしまいました。
以前もお伝えしましたが、僕が狙っているのは、jeepのラングラーという車種。最近は都内でもよく見かけます。色は、2014年に限定発売されたアンヴィル・グレー。その年にしか生産されていないので、流通量も少なく、さらに黒の革張りとなると日本では100台程度とのこと。もちろん「限定」や希少性に踊らされているのではなく、その絶妙な色と形の組み合わせによるクールな世界観にすっかり虜になってしまったのです。
「出た…」
パソコンの前で思わず声が漏れました。僕の目の前に、ラングラーのアンヴィル・グレーが映っています。実はこれまでも、ネットの中古車市場に出回ることはありましたが、内装が違っていたり、ボンネットに模様があったりと、いまいち踏み切れずに見逃していました。そんな中で、検索史上もっとも理想的な状態のものが現れたのです。
「このタイミングを逃したらもうないだろう」
いつかは現れるかもしれないけれど、きっとしばらくない。いや、中古車なので、これ以上状態の良いものに遭遇する確率はかなり低いはず。ここでスルーするわけにいかない。いよいよ、現実味を帯びてきました。
ただ、一つ問題がありました。取り扱い店が遠方なため、見に行くことができません。試乗もせずに購入なんてしていいものか。決して安い買い物ではないだけに、購入意欲にブレーキがかかります。
「とてもいい状態ですよ」
ディーラーはどんな車でもそう言うでしょう。しかし、この車を狙っているのは間違いなく僕だけではないはず。
「問い合わせがあるので、この週末に決まってしまうかもしれません」
と煽られては、
「府川さんのためにとっておきました」
と調子のいいことを言われ、完全にカモにされていました。お店の人も、「もうすぐ落ちるな」と感じているのでしょう。もう一つ、何か決め手となるものが欲しい。そうすれば背中を押してもらえるのに。このジープの沼に溺れてしまえるのに。
「よし、買おう!!」
冬の日の午後でした。きっと買うまでこの欲求は消えることはなく膨らむ一方。そうなるともう、日常生活にまで支障をきたしてしまうから。
「もう、腹くくりました、よろしくお願いします!」
電話越しにそう伝えると、向こうから、安堵混じりの喜びと感謝の言葉が返ってきました。現物を見ずに購入することや、複数台の所有に若干の抵抗もありましたが、最後は気持ちよくジープの沼に溺れていきました。
「もう1年以上も恋い焦がれているのだから、この感情は間違っていない。これは買っていいものなんだ」
そう自分に言い聞かせていました。それともう一つ、購入の決め手となることがありました。