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2017年05月26日

第705回「頻度マイスター4」

「そりゃぁ、最初は怖かったですけど、でもなぜか、悪い人じゃないと思ったんです」
 洋平は、インタビューに応えていた。
「私なら絶対ついて行かないです。それで、どうされたんですか?音楽教室で」
 彼女は興味深げに尋ねた。
「エレベーターで上がると、いくつか部屋があって、小窓から中を覗き始めたんです」

「ほら、洋平さん、見えますか」
扉の向こうから、大きな音が聞こえていた。
「ここはどうやら、3ピースバンドのようですね。ボーカル・ギターがいて、ベースと、ドラム。世界的には、ニルヴァーナやポリス、CREAMなどがその代表格ですが、かっこいいんですよね、3ピースって。見えますか?」
顔を近づけると、扉が激しく振動しているのがわかった。
「いいバンドかどうかは、ベースを聴けばわかるなんて言う人もいますが、私はやはりドラムだと思っています。どんなにボーカルが良くても、ベースが良くても、ドラムがしっかりしていないとバンドとしては大成しない。ほら、見てください!すごいですよね、手と足と全身使って、まるで勝手に体が動いているみたいです!」
 男は興奮気味に話していた。
「洋平さん、それぞれ役割わかります?足で叩いているのは、キックと呼ばれるバスドラム。バンドの中で最も低い音を担当しています。そして、シンバルはアクセントとして。裏で打つことが多いハイハットはテンポを安定させ、スネアドラムは激しさを増幅させる。それぞれ音色の違う楽器を、しかるべき順番で叩いて、曲を支えているのです。」
洋平は、中の人に気付かれないか心配しながら聞いていた。
「この曲でいうと、キックは一小節に4回、ハットも4回。スネアは2回。シンバルは8小節に1回。部位によって、叩く回数、頻度が異なるのです。同じテンポでも、頻度を変えることによって、ゆっくりにも早くにも感じられる。曲を支配するのはまさしくドラムなのです。ドラムが頻度の楽器なら、ドラマーはいわば頻度の魔術師と呼べるでしょう。そして、この頻度の美学によって生まれるのが、リズム。そう、頻度は、リズムなのです」
「頻度は、リズム…」
すると、扉が突然開いた。中から汗だくになった若い男が出て来た。
「あ、失礼しました。とても格好いい音がしたので、ついつい見惚れてしまいました」

「頻度は、リズム?」
 インタビュアーが聞き返した。
「えぇ、そうです。頻度によってリズムが形成される。私もすぐには理解できなかったですけど、確かにドラムの叩く頻度を変えると、リズムが変わって、曲の印象もガラッと変わる事に気づいたのです。」

「どうでしたか?体が動き出したくなりませんでしたか?それが、グルーヴというものです。」
洋平たちは、近くの公園にいた。
「リズムによって、グルーブが生まれる。ノリがうまれる。同じメロディーでも、リズム次第で印象は大きく変わるのです。踊りたくなる曲、しっとりとさせたい曲。それを操るのがドラムなのです。もし、あなたがのれていなければ、それはリズムのせいなのです。」
 男はそう言って、ブランコに腰掛けた。
「日常生活もしかり。あなたが踊れていないのは、グルーヴが生まれていないということ。あなたのメロディーに合っていないのですよ。だから、リズム、つまり頻度を見直す必要があるのです。あなたにとっての、キックはどれですか?あなたにとってのシンバルは?それらの頻度を見直せば、必ず、あなたの生活にグルーヴが生まれるのです」
 洋平は、ブランコに揺られる男を眺めていた。

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2017年05月19日

第704回「頻度マイスター 第3話」

 空を分けるように伸びる首都高速。高架下を行き交う多くの車をぼーっと眺めながら、洋平は、出会った日のことを思い出していた。そもそもなぜ自分の前に現れたのか。なぜあんなに熱心なのか。頻度が人生を豊かにする。待ち合わせの時間になると、人混みの中からふっと湧くように、男の姿が見えた。 「お待たせしました」 「いえ、僕もいま着いたばかりで」 「着いてきてもらえますか、すぐ近くなんで」  一体、どこに向かうのか。不安がなかったわけではないが、悪い人間ではないだろうというのが、洋平の直感だった。男は振り返ることもなく、すり抜けるように人混みの中を歩いて行く。歩幅が大きいのか、洋平は時折小走りにならないと間隔が空いてしった。 「ここですよ」 いつ曲がったのか、男は、一本入った路地裏に立っていた。 「確か、ここら辺に…あ、あそこだ」 空に突き刺すように、緑色のビルが建っていた。 「音楽教室?そんなところにあったっけ?」 小仲の顔が赤くなっていた。 「俺も知らなかったけど、あったんだよ」 「でも、なんでまた音楽教室…それって、音楽教室に見せかけた怪しい組織なんじゃないの?」 「怪しい組織?」 「そう、恐い人がいるような…」 「それが違ったんだよ」 「違った?」 「うん」 洋平は頷いた。 「ここは、アーティストを目指す人たちがたくさん出入りしています。もちろん、趣味でという方も少なくはないですが。夢を追いかけるのは素敵ですが、実際プロとしてやって行くのはとても大変です。ほんの一握りしかアーティストとして成功しない。ここから億を稼ぐビッグプレイヤーは果たして出るのか。まるで、宝くじ売り場のようですね。ちなみに洋平さん、楽器の経験は?」 男は、洋平の顔を見た。 「中学の時に、ギターをほんのちょっとだけ」 洋平は、照れ臭そうに答えた。 「へぇすごいじゃないですか!ギターですか」 「すごいなんてとんでもない!中学の時、バンドブームに流されただけで。モテたかったんでしょうね。カッコつけてギターを買ったものの、コード弾きくらいで、ほとんど…」 「いや、でもすごいですよ、楽器が弾けるのは。私なんて楽器どころか、歌も音痴ですし。でも、かっこいいですよね、バンドって。どうしてモテるんでしょうかね?鈴虫と同じで、音は、求愛になるのでしょうかね。」  エレベーターに乗ると、男の指が最上階のボタンを押した。洋平は、何も言わなかった。 「この中から、武道館にたどり着く人はいるのでしょうかね」  扉が開くと、大きな音が隙間から溢れていた。 「さぁどうぞ」 男に誘われるように、洋平はエレベーターから出てきた。

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2017年05月12日

第702回「頻度マイスター」

「やはり、彼に出会ったことが大きかったと思います。今の僕があるのも、すべて、彼のおかげかもしれません」
 洋平は、そう答えると、窓の外を眺めた。

それは、なま暖かい風の吹く日のことだった。
「どうしたんですか、ため息ばっかり」
振り向くと、見知らぬ男が立っていた。
「怪しいものではありません。どうですか、一服」
洋平の顔の前に、見たことのない煙草が飛び出すと、男は、ニコッと微笑んだ。

「頻度マイスター?」
洋平は、目を丸くした。
「皆さん、そのような表情をされます。頻度マイスターでも、頻度ソムリエでも構わないのですが…」
「どういったお仕事なんです?」
すると男は、淡々とした口調で答えた。
「頻度で、皆様の人生を豊かにするんです」
「人生を、豊かに?」
「そうです」
男は頷くと、胸ポケットから黒いカードケースを取り出した。
「申し遅れました、私、こういう者です」

「有限会社 ハウオッフン?」
洋平は、同僚の小仲といた。
「随分怪しい感じだね。なんか宗教の勧誘とかじゃないの?頻度マイスターなんて聞いたことないし。」
「確かに最初はそう思ったんだけど、なんかぐいぐい引き込まれちゃって」
「その煙草に何か変な成分が入っていたんじゃない?」
「ある意味そんな感じ!でも、まぁ話を聞くだけならいいかと思って」
「その考えが洗脳の第一歩なんだよ!そのうち、何か購入させられるよ?」
「そうかなぁ」
そういって、洋平は串についた最後の焼き鳥を口に放り込んだ。

「金環日食、覚えていますか?」
「金環日食…あぁ何年か前にありましたね」
男は、名刺入れをポケットに戻した。
「あの時はすごい騒ぎでした。金環日食フィーバー。」
「確か、何十年に一度とかって?」
「そう。月、太陽、地球がほぼ一列に並ぶ時に起きる日食のこと。専用のグラスまで販売されて大フィーバーでした。そもそも、人は「何十年に一度」とか、そういった類のフレーズに弱い。金環日食が毎月のことだったら、あんなに騒がないでしょう。頻度が美に与える影響ははかりしれない。じゃぁ、絶対的な美しさはないのか。そんなことをひたすら考えていた時、あることに気づいたのです。」
洋平は、次に出てくる言葉を待った。

「なんだよそれ!どういうこと?」
「いや、まぁ、俺も最初はよくわからなかったんだけどさ・・・」
「今は理解してるの?」
「まぁ、少しはな」
そういって、洋平は、ハイボールを注文した。

続く。

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