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2015年06月28日

第619回「第5話 葱葱クラブ」

「ラーメン、焼き鳥、冷奴!僕がいれば安心さ!僕は世界の名脇役!僕はグルメのチアリーダー!」
ステージ上で、ネギがタップダンスを踊りながら歌っています。
「ひっぱりだことはこの俺さ!年中無休で支えるよ!鴨がいてもいなくても!」
軽快なダンサーたちが袖にはけると、舞台上にピンスポットの光が差します。そして、ひとりのネギが歌い始めました。
「もしも〜ネギを〜いれたなら〜料理の〜すべてを〜引き締めて〜」
しっとりとしたピアノ調べに、せつないネギの歌声が絡まります。
「だけど〜僕にはネギがない〜君に聞かせる腕もない〜」
静かに耳を傾ける観客の中には、ハンカチで目を拭う者もいます。
「次の曲は、ドラマの主題歌にもなった曲です。」
会場を埋め尽くすファンの歓声。
「では聞いてください、ネギがいるだけで」
手にしたネギライトが大きく揺れ始めました。
「たとえば〜ネギがいるだけで、心が強くなれること〜なにより〜大切なものを気付かせてくれたね〜」
葱葱クラブによるコンサートは今日も大盛況。
「あのネギを刻むのはあなた」
「世界にひとつだけの万能ネギ」
「下仁田LOVE」
「NEGI・マシーン」
ヒットナンバーから最新ナンバーまで、熱い時間が流れていきました。
「では、これが本当に最後の曲です!みんな、最後は一緒に歌ってくれよな!」
ライブは3時間を超えようとしていました。
「♪素晴らしい!ネギネギ!ネギネギ!」
「憂鬱など吹き飛ばして、君もネギになれよ!」
「若いネギは、やりたいこと、なんでもできるのさ!」
会場が一体となって揺れています。
「N!」
「E!」
「G!」
「I!」
「素晴らしい!ネギネギ!」
熱気に包まれる会場のなかで、ひとり、ちくわぶが座っていました。
「ねぇ、なんでキミ立たないの?」
「もう最後なんだからさ!もうちょっと楽しんだらどうなの?」
「おい!みんな!ここにノリの悪い奴がいるぞ!」
「え?」
「おまえ何しに来たんだよ!さてはおまえ、ネギのこと嫌いだな!」
瞬く間に、ずっと座っていたちくわぶに視線が集まりました。みんなが睨んでいます。気がつくと、彼にむかってみんなが叫んでいます。
「帰れ!帰れ!帰れ!」
声がさらに大きくなって、気が遠くなるようでした。

「ねぇ、大丈夫?ねぇ、大丈夫?」
目を開けると、大根の顔が目の前にあります。
「なんだか、すごく、うなされていたみたいだけど」
「あぁ、夢か…」
ちくわぶは、ひどく汗をかいています。
「そういえば、パイナップルくん、どうした?」
パイナップルの姿が見当たりませんでした。
「ほんとだ、どうしたんだろう。」
僕、心配だから、ちょっと探してくるよ。そう言って、大根はその場を去っていきました。

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2015年06月21日

第618回「ちくわぶの憂鬱 第4話 世界にひとつだけの」

「あなたは!」
そこにいたのは、ネギでした。
「ずっときかせてもらったよ。」
「ずっと?」
「あぁ、ほんと聞いて呆れちゃうよ。いったいなにを悩んでいるのさ」
「卑怯だぞ、盗み聞きするなんて!」
「待ってよ、僕はここでただ昼寝をしていただけさ」
そういって、ネギは高い枝からぴょんと飛び降りてきました。
「ったく、なにをくだらないことを話しているのさ」
「くだらない?」
「あぁ、くだらないさ。そんなこと考えているからいつまでたっても引っ張りだこにならないのさ。」
「別に、引っ張りだこになりたいわけじゃない!」
「へー、そうなんだ。まぁ僕だって、なりたくてなったわけじゃないけどね」
ちくわぶたちは言葉がでませんでした。

「どこにでも顔だして、君みたいな八方美人は大嫌いなんだよ!」
パイナップルが言いました。
「八方美人?まぁどう思われても構わないけど、僕はただ呼ばれているだけだけさ。ラーメン、焼肉、冷奴。お鍋にうどんにお味噌汁。一度だって、出してくださいっててお願いしたことないさ。まぁ、あまりお呼びがかからない人にはわからないかな。特に君みたいに、使い勝手の悪いやつにはね」
ちくわぶは、顔をしかめました。
「ちょっと、君言い過ぎだぞ?」
見かねた大根がいいます。
「たしかに君は引っ張りだこかもしれないけれど、そんな性格だから、ほら、おでんに呼ばれないじゃないか!」
「そうだそうだ!冬の主役、おでんに呼ばれていない!」
「呼ばれたさ!」
ネギは遮るように言いました。
「こっちから断ったのさ。あまりにメンバーが多いし、もうこれ以上仕事をいれたくなかったからね。冬は特に忙しいんだ」
「忙しいとか、引っ張りだことか言ってるけど、君なんて別にいなくても何の問題もないんだぞ!」
パイナップルは言いました。
「果たしてそうかな?ラーメン、焼肉、冷奴、僕がいないとどうだろう?どこか物足りなくないかい?逆にいうと、僕がいればとりあえず成立するってことかな?」
ネギは得意げな表情でした。
「どこから来るんだろう、あの自信…」
「俺、逆に言うとって言う人苦手!」
ちくわぶたちは、太刀打ちできません。

「結局さぁ、自分なんてどうでもいいんだよ」
ネギは、まだ言いたいことがあるようです。
「自分なんて、なくていいのさ。自分にあうかどうかなんて自分で判断することじゃない。ましてや、目立ちたいなんてもってのほか。僕は自分を引き立たせたいって一度も思ったことない。むしろ…」
「むしろ?」
ちくわぶたちの口から漏れました。
「むしろ、無になるのさ」
「無に?!」
「そう、そこらへんの石ころと一緒さ。世界にひとつだけの石ころ。なのに君たちは自分が花だと思っている。だから厄介なのさ。僕はこの世界にやりたいことなんて求めていない。自分自身のあるべき姿も。ただ、波の音を聞きながら、昼寝ができれば、それでいいのさ」

波の音が聞こえていました。
「石ころか…」
ちくわぶとパイナップルと大根は、並んで寝ていました。
「無になるって、どういうことなんだろう…」
大根からいびきがきこえます。パイナップルは寝ているのでしょうか。ちくわぶは、空を眺めていました。


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2015年06月14日

第617回「ちくわぶの憂鬱 第3話 再会」

 
「お久しぶりです!」
声は聞こえるものの、夕陽の影で顔が見えません。
「忘れちゃいましたか?僕です、僕!」
近づくと、ようやく顔が見えました。
「わぁ、久しぶり!」
立っていたのは、真っ白な大根でした。

「そっかぁ、二人はおでんで一緒だったのかぁ」
パイナップルが言いました。
「一緒とはいっても、大根はおでんの主役!僕なんか陰でひっそりと浮かんでいただけだから」
「主役だなんて、そんな…」
大根は照れくさそうにしました。
「だって、おでんって言ったらやっぱり大根でしょ!おでんに大根は欠かせないもの。僕なんか、食べない人もいるし、地域によっては呼ばれないこともあるくらい。毎年、今年で最後かもしれないって思っていたからね」
「じゃぁ、大根はおでんの四番バッターってわけか」
「おっしゃるとおり!」
「そうですかねぇ…」
大根はまた照れくさそうにして笑いました。

「そうですね、ぶりと一緒にいるときは、なかなか緊張感ありましたね」
太陽は水平線の下に隠れてしまいました。
「そう、ぶり大根!あれは確かに名作!もはや芸術!」
「決して主役ではないんですけど、脇役でもなくて、絶妙な立ち位置がほかの場所とは違いました」
「ブリと大根というふたつの楽器が奏でるハーモニーは本当に美しい!」
「あの空間の演出も、なかなかできることじゃない!」
ちくわぶとパイナップルは、興奮気味に伝えました。
「だいいち、魚と一緒に張り合えるなんてすごいことだよ!」
すると、大根は苦い表情をしました。
「あれ?なにか気に障った?」
「魚と一緒でも、苦手なときもあるんです」
「苦手なとき?」
「はい。ほそ〜く切られて、彼らの土台になるときです。」
「あぁ、なんていうんだっけ?」
「刺身のつま?」
「いったい誰がはじめたのか、別に僕じゃなくてもいいのにって思ってしまいます。同じ魚でもお刺身となるとやっぱり敵いません。自分の実力を痛感しました。」
ちくわぶとパイナップルはなんて声をかけたらいいのかわかりません。
「あそこにいると、僕に気づかない人間や、僕のことを食べ物と思わない人間もいます。それでよく、紫蘇と飲みに行ったものです。今日も食べてもらえなかったねって」
するとパイナップルは言いました。
「でもほら!つまに横たわっているだけで、刺身も美味しそうに見えるんだよ!立派な仕事だよ!刺身たちも感謝しているんだろう?」
「いやぁ、どうですかねぇ…」
少し、沈黙が流れました。
「やっぱり、大根おろしのときも苦手なの?」
「あぁ!あれは別物!っていうか、むしろ僕の魅力が発揮できる場所だと思っています」
大根の目に輝きが戻ってきました。
「確かに。しらすおろしとか明太子おろしなんて最高だもんな〜辛味大根おろしとか、おそばにもよくあう!」
「すりおろされることはすごく怖かったし、もちろん抵抗もありましたけど、いざやってみると結構たのしくて。それに、人間の見る目がぜんぜん違う!」大根おろしこそ、大根の真骨頂だなんていう人間もいました!」
元気を取り戻した大根に、ふたりは安心しました。
「そう考えると、大根ってすごくフレキシブルだね」
「フレキシブル?」
「あぁ、日本語でいうとなんだろう。融通がきくっていうのかな。順応できるっていうか。」
「いやぁ、ほんとすごいよ。豚肉にも、牛すじ、鶏肉、どれとも相性がいい!ホタテとやってるシャキシャキサラダなんてもう感動モノ!和にも洋にも変幻自在!それに、ぶり大根とか、切り干し大根とか、なんだかんだで大根っていう名前がはいってる。僕なんか、どこにもはいったためしないから、そういうの、憧れちゃうなぁ」
すると、どこからともなく笑い声がきこえてきました。
「あはははは!」
3人は周りを見回しましたが、誰もいません。
「あはははは!魅力だとかさぁ、もう可笑しくて可笑しくて、もう笑いこらえるの大変だよ!」
見上げると、木の枝に、ネギが横たわっていました。

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2015年06月07日

第616回「ちくわぶの憂鬱 第2話 辿り着いた島」

「ちくわぶじゃないなんて…」
彼は大海原を漂っていました。
「じゃぁ僕はいったい…」
思い込んでいただけで、本当はちくわぶじゃなかったのでしょうか。頭を駆け巡るインタビュアーの言葉。海面に映る自分の顔を必死で探そうとします。するとそこへ、大きな波がやってきました。
「うわーっ!!」
ちくわぶは、大きな波に呑まれてしまいました。

目を開くと見知らぬ男が立っています。
「よかった、目が覚めたようだね」
「あの、ここは…」
「待って、いま起こしてあげるから」
そう言われて体を預けると、なにかが刺さった気がしました。
「あ、ごめんごめん。ちょっとちくちくするかもしれないよ」
抱えてくれる者に、見覚えがある気がしました。

 目の前で大きな炎が揺れています。毛布に包まれて、彼は丸太の上に座っていました。
「え、あっちから流れてきたんですか?」
「そうだよ、最初はクラゲかなにかかと思ったけどね。近づいたら、気を失ってて、いっぱい海水を飲んでぐにゃぐにゃだったよ。でもよかった、意識が戻って」
ちくわぶは大きなくしゃみをしました。
「それにしても君はいったいどこからやってきたんだい?」
「それが、僕もよくわからなくて。気が付いたら海の中にいたんだ」
「気が付いたら?」
「そう。僕はてっきりおでんのなかにいると思っていたんだけど、気が付いたら海の中にいて…」
「おでん?」
ちくわぶは、助けてくれた彼に、これまでの経緯を話しました。

「へー、じゃぁいろいろ大変だったんだね。でも最終的に、自分の居場所を見つけたってことだね。」
ちくわぶは、温かいスープのはいったカップを両手で持っていました。
「そうなんだけど…」
「だけど?」
「でも、僕の思い込みだったみたいで」
「思い込み?」
「そう、僕がちくわぶだと思い込んでいただけ。だから居心地がよかったのも単なる勘違いだったのかなって」
焚き火からパチパチっと大きな音が鳴ると、火の粉があがりました。
「勘違いでいいのさ。自分が思う自分と、世間が思っている自分なんて必ずしも一致しないものだし、一致していたら幸せってこともない。世間は僕のことをよく缶詰にいれたがるけど、僕はほんとにあそこが嫌いでね。窮屈だし、なんせ、閉所恐怖症だから。」
「閉所恐怖症?」
「そう。でも、あの場所に比べればまだましかなぁ…」
そう言って、カップにスープを足しました。
「あの場所って?」
「あぁ、ほら、なんていうんだっけ?豚肉とか玉ねぎとか入っててちょっと酸味があって…」
「酢豚?」
「そう、酢豚!あの中にいれられちゃってさ、もう最悪だったよ。あそこは僕みたいな果物が行くところじゃない、なのになぜか呼ばれちゃってさ。周りには白い目で見られるし、世の中も賛否両論真っ二つ。かなり嫌われたなぁ…」
するとちくわぶが思い出したかのように言いました。
「僕も酢豚に放り込まれたことあります!でもすぐに避けられちゃいましたけど。あの、もしかして、あなたは、パイナップルですか?」
「まぁ、一応、そう呼ばれているね」
「やっぱりそうだ!どこかで見たことあった気がしたんだ。まさか、酢豚で一緒になっていたとはなぁ…」
ふたりの笑い声が島に響きました。

「そうだなぁ、フルーツポンチにいたときは幸せだったなぁ。」
夕日が海面にきらきらと反射しています。
「やっぱり果物同士でわいわいやって、すごく居心地良かった!割り箸一本だけのソロ活動も嫌いじゃないけど、やっぱりみんなでいるほうが楽しいね」
ちくわぶは、パイナップルの話を聞いていました。
「でも、ありがたいと思わないとね。いろんな場所に呼ばれるんだからさ。必要とされるって素晴らしいことさ。だれかの役に立った時、こっちの心まで満たされるのはどうしてだろうね。逆に役に立たなかったときの不甲斐ない気持ち。あれはなかなか嫌なもんだよ。僕は、ちくわぶっていうのをよく知らないけれど、そんなにほかの場所にしっくりこないのかい?」
「うん、そりゃぁもう。応用が効かないっていうかさ」
すると、なが〜い影が、ふたりの前に現れました。
「だれ?」
振り向くと、そこに、背の高い男が立っていました。

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