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2008年09月28日
第330回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜第三話 ディニャンティ」
「嘘でしょ?そんなことってある?」
僕は車を脇にとめました。
「ちょっと待ってよ、そんなわけないよね?」
しかし、何度やってもうまくいきません。
「ねぇ、冗談でしょ、冗談だよね?」
それは悲しい現実でした。カーステレオが、昨晩パソコンで焼き直したCDRをまったく受けつけないのです。挿入口はあるのに、鉄のシャッターみたいのが閉まっていて、いくらやってもCDRがはいらないのです。
「もしかして、壊れてる?」
音楽を聴きながらアイスランドをドライブする、これが今回の旅行のメインディッシュのひとつです。なのにCDが聴けないとなると、旅の目的がほとんど果たせなくなってしまうのです。
「車を変えてもらおう」
すぐにUターンをして再び空港に向かいました。ちゃんと説明しよう、どんなに嫌な顔をされても主張しよう、そう心に決めていた僕を待っていたのは、誰もいないカウンターでした。
「そんなぁ...」
あんなにまで連日練って作成したオリジナルコンピレーション。それを車に忘れたためCDRを探し求めたコペンハーゲン。その勢いでなくしてしまったマリメッコの財布。再び焼き直して新たな産声をあげたCDRを胴上げした昨夜。すべてがむなしく水の泡になろうとしていました。
「もしかして、日本人だからなめられたのかも...」
そういえば、フロントのナンバープレートもなぜかはずれていました。その大雑把な感じが余計に、日本からの旅人をネガティブにさせます。
「ちょっと、どうなってんの?」
「え?」
「え?じゃないよ!CDがはいらないんだけど」
「よくわからないよ、オーディオ関係は」
「だって自分のことでしょ?」
「そうだけど、メカには弱いんだよ」
「ったく、なんでキミなんだよ!」
「僕だって、好きで担当したわけじゃないよ」
車内に気まずい空気が流れていました。今回の旅行はことあるごとに問題が発生します。ちゃんと無事に帰られるのだろうか、不運の連続にそんな不安を抱きながら、今日の目的地、ラートラビヤルグを目指しました。
「ねぇ、あれ持ってないの?」
「あれって?」
「オーディオプレイヤー?」
「持ってるけど」
しかも、二つありました。
「その中に、CDの曲は?」
「とりこんであるよ」
「じゃぁ、それで聴けば済むじゃない」
仕方なしにオーディオプレイヤーを装着します。しかし、音は流れてくるものの、全身で感じることができません。それに、運転にまつわる音がきこえなくなるのも危険です。その結果、ヘッドホンをはめるというより、そっと耳にひっかけた状態で運転することになりました。
「ここから5時間かぁ...」
静かな湾を離れると、アイスランド特有の荒々しい山々が迫ってきます。森のような木々はなく、地球の地肌が見えるようです。しばらくすると前にトンネルが現れました。山があったらよけていくアイスランドにも、いくつかトンネルがあるのです。僕にとっては、アイスランドで初めてのトンネルでしたが、それは日本のとは違い、2車線でなく車一台だけが通れるくらいの細いトンネル。途中に、対向車が来た場合のふくらみがあります。それは、まるで山のなかに一本の糸を通すような、ほんと申しわけなさそうに穴が貫通しているだけのものでした。
トンネルを抜けるとアスファルトは消え、音楽の低音部に砂利道を通る音が加わりました。それにしても、行けども行けどもダイナミックな山々が次々と迫り、カーブのたびにヘッドホンが耳からこぼれおちます。砂利道のせいか、北部よりもどこか荒々しさが3割増しのような気もします。若干音圧は低いものの、ヘッドホンから聴こえてくるオリジナルコンピレーションのサウンドは、どこか幻想的で荒涼とした北西部の景観とうまくシンクロしていました。
空に雲は少なく、雨が降り出す心配もなさそうです。助手席にスタンバイしている地図に頼ることなく、予想以上に車はスムーズに山々を抜けていきました。それにしても空港を離れてからほとんど車も人も見かけません。アイスランド北西部にはほかに人がいないのではないか、そんな気さえするほど車とすれ違いません。すると、向こうに小さな集落が見えてきました。
「こんなところに住んでいるのか」
アイスランドには鉄道がありません。駅こそないものの、船が出入りできる湾の近くには小さな町があります。かわいらしい赤い屋根をした家々は、大自然のなかに住まわせてもらっているようです。ときおり現れるこののどかな町の光景が、砂漠のオアシスに出会ったような、ほっとした安心感を与えてくれるのです。
「もしかして、あれか...?」
ヘッドホンのバンジージャンプがちょうど10回目に達した頃、遠くの山に白いものが見えてきました。地図からすると、そろそろでてきてもおかしくありません。くねくねとしたカーブを曲がる度にそれは大きくなり、僕の予感は確信に変わっていきました。
「やっぱりそうだ」
それはディニャンティとよばれる、映画「春にして君を想う」の中で象徴的に登場する滝です。本来ならば昨年見ているはずでしたが。滝といってもいわゆる滝とは違い、山の上から三角状の末広がりに水が流れ落ちるのです。それも、勢いよく落下するのではなく、岩山をなぞるように。
「こんなにおっきいんだ」
写真だととても穏やかにみえるのですが、実際のそれははるかに大きく、岩山をなぞっているとはいえ、その迫力に圧倒されます。相変わらず、滝の周囲に柵等はありません。自然をありのままにし、かつ人間の判断力が信用されています。三角形の滝の真下にくると迫力はさらに増し、音とともに心地いい水しぶきが全身を覆います。デジカメもシャッターを押したらすぐにしまわないとびしょぬれです。しかしながら、こうして滝の近くに立っていると、なんだか自然からのパワーをもらうような気分になります。自然と接することで人間はエネルギーを補給できるのでしょう。ひとつ、明確な目的を達成できた満足感と、シャワーを浴びたような爽快感が、僕の体に溜まっていた疲れを一気に洗い流してくれました。
「結構早くつきそうだな」
2時間たたないうちに、もう半分くらいまで来ている気がしました。おそらくインフォメーションセンターの人は、日本人の旅人だから大目に伝えたのだろう。アイスランドでの運転は今回で2度目ということが、僕の脳の回路をプラス思考にさせました。
「なんだか、すごいところに来ちゃったな」
いつのまにか、空が近くにありました。たいてい遠くに見えているダイナミックな山は、いずれ周りをなぞることになり、空に続く道を走っているような感覚になります。反射板こそあるものの、ガードレールがないので、ぼーっとしてたらそのまま崖から落っこちます。ただ、そんな険しい道でも、どんなに人や車をみかけなくても、僕は孤独ではありません。なぜなら、そんなところにも、たくさんの羊たちがいるからです。のんきに草を食んでいる羊たちをみると、恐怖心もなくなり、心が和むのです。
「おーい!」
本当は車から降りたいのだけど、それをやっているとなかなか進まないので彼らを見かけては、窓を開けて声をかけるのです。それが、僕流のアイスランドドライブのスタイルです。車の音には反応しない彼らも人間の声には反応し、「ん?なんだ?」とこちらを向きます。その姿がなんとも愛くるしいのです。もはや、彼らに会うことも今回の目的のひとつで、おそらく彼らがいなかったら、アイスランドに対する印象もぜんぜん違うものになったでしょう。2年連続もなかったかもしれません。時折現れる羊たちの草を食む姿は、僕にとって心の給水所のようでした。
「海だ...」
やがて、前方に海が見えてきました。そこには、それまでの荒々しい姿とはうってかわって、穏やかできれいな砂浜がひろがっています。なんだか別の国に来たような、それこそ別の星に降り立ったような感覚。アイスランドは、ちょっと走っただけで世界が一変することがよくあるのです。
「ほんと、晴れてよかった」
おそらく、曇りや雨でもそれなりの雰囲気はあるのだろうけど、精神衛生上、晴れているほうが望ましいもの。それに、訳あってラートラビヤルグでは特に晴れていて欲しかったのです。連日、ネットで天気予報と向き合っていた想いが通じたのかもしれません。
「おーい!」
ぶつ切りの雲の影が、アイスランドの大地をゆっくりと移動しています。ひたすら草を食んでいる羊たちが、通り過ぎる銀色の鉄の塊を見つめていました。
1.週刊ふかわ |, 3.NORTHERN LIGHTS | 09:28
2008年09月21日
第329回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜第二話 リベンジ」
昨年訪れて以来そのことを考えなかった日はなかったといっても過言ではありません。僕自身、まさかこんなにも恋焦がれるとは思っておらず、ましてや2年連続で訪れるなんて、少なくとも20代のときには夢にも思いませんでした。それほどまでに僕の心を占領しているアイスランドとの、まるで織姫と彦星のような一年ぶりの再会まで、あと数時間となりました。あなたはどんな表情を見せてくれるのだろうか。僕の胸は激しく高鳴り、まぶたは一気に重たくなってきました。というのも、出発の日に到着といっても現地時刻の23時40分。時差は9時間なので、東京では翌朝の9時くらいです。しかも、まさかのハプニングが2件もあったので、完全に疲労困憊。目覚めると機体はすでにアイスランドの地に降り立っていました。
「この感覚だ...」
一年前と同様に日本円をアイスランドクローナに両替し、この国の玄関であるケプラヴィーク空港を出ました。ひんやりとした空気が顔を覆い、吐く息も白くなります。東京の残暑から秋を飛び越えて一気に冬になったような感覚は、身に覚えがありました。
「たしかここから40分くらいだったかな」
観光バスのような大きな車は12時半頃空港を出発し、うっすら現地のラジオがきこえる中、ホテルに着いたのは深夜一時すぎ。今回は前回と違うホテルで、町の中心にあり、その時間でも前の広場には若者たちの声で賑わっていました。いわゆるアイスランドの渋谷といったところでしょうか。ベッドに倒れこむ前に僕は、思い出したようにケータイの電源をいれました。暗い部屋の中で、ケータイの光が僕の顔を照らします。
「きっとはいらないでしょ」
僕は目を丸くしました。圏外と表示されるどころか、アンテナが3本しっかりと立っています。昨年はうんともすんとも、微動だにしなかった僕のケータイが、アイスランドに来たことを認識していました。この一年の?間に使用できるようになっていたのです。なんとも、田舎道が舗装されたような、どこか複雑な心境になります。
「教会へは、どっちに行けばいいですか?」
あんなに疲れていたわりに、時差ぼけなのか、数時間後に目覚めてしまった僕は、さっそくレイキャヴィクのシンボルである、ハトルグリムスキルキャ教会を見にいくことにしました。朝5時でもすでに明るく、心地よい日差しが朝もやに包まれた街を照らしています。どの国にいっても、異国の地の朝はどこか幻想的で、旅の喜びを感じさせてくれるのです。
まだどこも開いてない静かな街を散歩していると、日曜日の朝ということもあり、ときおり夜遊び帰りの若者たちとすれ違います。やはりアジア人は少ないのか、珍しそうにチラチラ見てきます。
「あれだ...」
ホテルから歩いて10分もたたないうちに、朝日に照らされた教会が、坂の上に黒く浮き上がって見えてきました。
「あんなカタチだったっけ?」
しかし、どうも様子がおかしく、昨年見た輪郭と違う気がします。影になっていた教会が次第にはっきりと見えてくると、その違和感の原因がわかりました。
「これは...」
それは、まさかの改装工事でした。本来はスペースシャトルのように白くきれいな曲線を描いている教会が、すっかり角張ったベニヤ板で覆われています。コペンハーゲン空港といい、教会といい、ベニヤ板の呪いのような、まさかの改装中2連発。青空の下のベニヤ板や、エリクソン像越しのベニヤ板、そして自分と共に映るベニヤ板をカメラに収めると、すっかり冷たくなった両手を上着のポケットに入れながら坂道を降りていきました。
「国内線の空港までお願いします」
例によって一日分のエネルギーであるホテルの朝食をたっぷりとった僕は、ホテルをチェックアウトすると、空港に向かいました。タクシーで5分くらいなのですが、車内の僕はすこし緊張しています。というのも、昨年その場所でとても痛い目にあったからです。
「え?3時間後?」
係りの人の言葉に、耳を疑いました。
「はい、3時間後のウェザーチェックで判断します」
「3時間待っても飛ばないっていうこともあるんですよね?」
「それは天候次第なのでなんとも...」
案内板を見ると、ほかのエリアはみな順調に発着しているのに、なぜか僕の目的地であるイーサフィヨルズルだけが悪天候のため飛んでいません。
「次のウェザーチェックは15時になります」
3時間待ってもなお、事態は好転しませんでした。アイスランドでは、日本以上に天候に左右され、予定通りに発着しないどころか、ウェザーチェックを繰り返したものの結局一日飛ばないケースも少なくないのです。これも旅の醍醐味とはいえ、限られた時間の中でさすがに6時間の足止めを食らうのは精神衛生上よくないため、急遽、翌日行く予定だった場所に変更したのです。
「どうか飛びますように...」
だから今日は昨年のリベンジだったのです。それだけ僕にとってはこの日の天気がとても重要で、1週間ほど前からネットで毎日、いや、数時間毎に天気を調べていました。
「これなら大丈夫だろう...」
クリアな青空は僕を少し安心させました。あとは目的地の天候です。ここが晴れているからといって、必ずしも飛べると決まったわけではありません。最後まで油断できない状況です。
タクシーは、見覚えのある建物の前に停まりました。国内線の空港はあいかわらずとてもこじんまりしています。一年ぶりの旅は行く先々に懐かしさがあり、昨年とは違った楽しみがでてきます。この「懐かしい」という感覚は、生き続けている人に与えられた、時間からのご褒美かもしれません。
「はい、飛びますよ」
どこか見覚えのある係の人の言葉は僕の不安を解消してくれました。しかし、これですべての不安が払拭されたわけではありません。実はもうひとつの心配事があったのです。
「もしかして、あれ...」
それは今回乗る飛行機でした。国内線はおもにふたつのタイプの飛行機があり、ひとつはF50でもうひとつはDH8と呼ばれています。前回はF50に乗ったのですが、今回はDH8。一体、この「8」がなにを意味するのかわからないものの、たしか前回はちょうど50人くらいだったような気もします。8人乗りとなるともはや、紅の豚に出てくるセスナ機みたいなのが頭に浮かんでしまうのです。
「まさか、そんな少人数じゃないよね?」
搭乗ゲートを抜けると、向こうにそれらしき飛行機がとまっています。どうやら8人乗りではないものの、やはり前回よりは大幅に小規模になっています。
「あれ、日本人?珍しいね」
「っていうかきみ、だいじょうぶ?」
「なにが?」
「なにがって、ちゃんと飛べるの?」
「あたりまえでしょ」
「たしか、きみのお兄さんはすごく揺れたけど」
「あの時は、風が強かったから仕方ないんだって」
おそらく30人くらい乗ったでしょうか。あっというまに離陸すると、たしかに音は臨場感あるものの、それほど揺れもせず、とても安定した飛行が続きました。
「ね、問題なかったでしょ」
ほんの40分ほどのフライトでした。
「うん、快適だったよ」
結局8が何を意味するのかわからなかったものの、とりあえず不安材料がなくなり、すっかり肩の荷がおりました。
「ここがイーサフィヨルズルか...」
そして僕は、念願のイーサフィヨルズルの地に降り立つことができました。昨年のリベンジを果たした僕の前には、フィヨルドの静かな湾が広がっています。ここで車を借りて、今回の旅の目的地のひとつ、ラートラビヤルグに向かうのです。
「電話で予約したんですけど」
空港にあるレンタカーのカウンターに、一人の若い女性が日本からの旅人を待っていました。
「車は出たところに停まってるわ」
僕の手書きのアルファベットが間違って解読されたためにRYO FUKAWEと記された契約書と、キーを渡されると、スーツケースを引いて外に出ました。
「ようこそ、イーサフィヨルズルへ!」
今回の旅のパートナーはトヨタのラヴ4です。昨年もトヨタの恩恵を受けたものの、今年はオフロードでもいけるタイプにしました。というのも、この地ではノンアスファルトロードが多く、通常のセダンタイプでは厳しいのです。
「よろしく、世界のトヨタ!世界のラヴ4!」
(この擬人化はいつまで続くかわかりません。)そして、インフォメーションセンターでもらったアイスランド北西部の地図を助手席に置くと、銀色の車は水辺の道を走りはじめました。
「え?嘘でしょ...」
意気揚々とハンドルを握る僕を待っていたのは、またしても厳しい現実でした。
1.週刊ふかわ |, 3.NORTHERN LIGHTS | 09:13
2008年09月14日
第328回「NORTHERN LIGHTS〜アイスランド一人旅2008〜第一話 ワスレモノ」
「もしかして...忘れた?」
まさかと思っていた僕もようやく、重大な忘れ物をしてしまったことをじわじわ実感しはじめました。こういうときの感覚は幸か不幸か、たいてい正しかったりします。
「いや、そんなわけない!あんだけチェックしたのだから...」
しかしどの鞄の開けても、どのファスナーを開けてもその姿はなく、忘れた党の議席数はみるみるうちに過半数を超え、一大政党になろうとしていました。
「ない!ない!どこにもない!!」
それは、パスポートでも国際免許証でもありません。一枚のCDでした。
「あんなに時間かけたのに...」
ひとえにCDといっても、そのCDはそんじょそこらのCDではありません。今回のアイスランド一人旅で車の中で聴く用に作成したもので、これまでの音楽活動、それで培われた音楽センス、僕の音楽人生すべてを捧げて作り上げた、世界にひとつしかない、唯一無二のCDなのです。
「うん、我ながら素晴らしいコンピレーションだ」
データのチェックをかねて、成田に向かう車内で聴いていたことを思い出しました。
「まさか、入れっぱなし...」
散々時間と労力をかけて作成した今回の旅のCDを車のデッキにいれたまま、出国してしまったのです。家を出るときにはチェックを怠らなかったのに、車を出るときになにもしなかったのが敗因です。
「いや、まだ負けと決まったわけじゃない!CDRを買えばいいんだ!」
直前まで悩んだ挙句、結局持っていくことに決めたノートパソコンが、僕の水色のリュックにはいっていました。だから、空のCDRさえ手にはいれば、もう一度パソコンで焼きなおして解決なのです。ほんとに便利な時代です。とはいえ、もう出国手続きのあと。店舗もそう多くはありません。いろいろまわったものの、近いものでデジカメ関連のDVDはあっても僕の求めるCDRまでは売ってなく、雲行きがあやしくなってきました。
「コペンハーゲンには売ってるか」
もう成田には期待できません。アイスランドは微妙でも、今回トランジット(乗り換えの意味だが、この言葉を使いたいため、あえて使用)のコペンハーゲン(デンマーク)では6時間もの時間があり、もともと軽く街を散策する予定だったので、そこに行けばあるだろうと、大事なアルバム作成に費やした労力が無駄にならずに済むことに、ほっと胸をなでおろしました。
不安を振り払うように飛行機が離陸するなり、僕はフィンランドのときに購入した北欧のガイドブックを開きました。そこにはデンマークのガイドも載っていたので一応持ってきていたのです。
「うん、あるある。パソコンの店も、CD屋さんも...」
どうやら中心街にいけば事足りるようでした。しかし、現実は厳しいものです。
「え?17時?」
僕は、目を疑いました。ガイドブックによると、到着する土曜日はどこも閉店時間が早く、夕方には閉まってしまうとのことでした。到着が16時過ぎ。入国手続きとかいろいろあって、しかも日本ならまだしも、異国の地で思うように急ぐことができるだろうか。
「土曜日は、早くしまっちゃうんですか?」
僕は、そんなことないですよ、という言葉が欲しくて、客室乗務員にたずねました。
「そうですね、土曜日なんで、早いです」
「でも、全部ってわけではないですよね?」
「いや、ほとんどのお店が...あ、でも...」
すっかり追い討ちをかけてきた彼女の口から、僕を安心させる言葉が出てきました。
「空港の中だったらあると思いますよ」
「ほんとですか?でも、どっちにしても、17時ですよね?」
「いや、空港はわりと遅くまでやっています」
その言葉を信じたものの、僕は10時間半もの間、食事のときも音楽を聞いているときも、夢の中でさえも、ずっとCDRのことを考えていました。どうしても、あの雄大な景色を眺めながら、極上のチルアウトサウンドを聴きたかったのです。
「ここがコペンハーゲンか...さすが北欧だ!」
そんな感想を述べる余裕もないまま到着ゲートを抜けると、目の前に現れた光景に、僕は言葉を失いました。
「なにこれ、...」
便利さ、オシャレさ、静かさで定評のあるコペンハーゲン空港が、ベニヤ板で覆われていました。改装中のため、どのお店もみな閉まっていたのです。
「こんなことって...」
これでは探しようがありません。時計をみると16時30分。空港から中心街までは近いものの、間に合う自信もありません。
「空港の中にCDRを買える場所はありますか?」
返ってきたインフォメーションのおばちゃんの言葉が、僕を中心街へ向かわせました。
「中央駅まで、一枚!」
切符を購入し、勘を頼りにホームに下りると、見たことのない電車がはいってきました。顔の部分にタイヤをつけたような不思議なカタチをした列車は15分ほどで中央駅に到着し、からっと晴れた青い空に、玉のようなオレンジ色の小さなスーツケースの車輪の音が鳴り響きます。
デンマークでは自転車に乗る人が多く、専用レーンもしっかりと整備されています。中世の建物や像が目に入ってくるものの、町並みを堪能している場合ではありません。人魚姫もアンデルセンの像も、のんびり観光するのはすべて後回しになりました。
「まずい、早く見つけないと...」
客室乗務員のいうとおり、店舗のシャッターが徐々に閉められていきます。
刻一刻と閉店時間が迫っていくなか、観光客でごった返す中心街を、オレンジ色のカートが駆け抜けていきました。スーツケース転がし専用レーンも検討して欲しいものです。
「あ...」
現実は甘くはありませんでした。心の中で、17時きっかりには閉めないでしょ、という考えは通用しませんでした。お目当てのお店のシャッターは閉まり、中はもう薄暗くなっています。
「まだあきらめない!」
コンビニや小さなCDショップ、お店というお店を巡り、初めて降り立ったコペンハーゲンの地で僕は、人魚姫よりもアンデルセンよりも、一枚のCDRを捜し求めていました。東京ならコンビニで簡単に購入できるCDRを。ちなみに、コペンハーゲンでもセブンイレブンは多く見られましたが、日本での品揃えとは当然違い、何度も聞き返されました。
「少し休もう...」
すっかり歩き疲れたので、とりあえず飲み物を買おうとしました。
「あれ、おかしいな...」
また別の事件が起きようとしていました。
「いや、そんなわけ...」
しかし、どの鞄を開けても、どのファスナーを開けてもその姿はなく、忘れた党の議席数はみるみるうちに過半数を超え、一大政党になろうとしていました。さっきが衆議院なら今度は参議院です。いや、重要度でいうと逆かもしれません。地面に降ろされたリュックの周りに、次々と中身が並びはじめました。
「こんなことって...」
泣きっ面に蜂とはこのことでしょうか。CDRが見つからなくて泣きそうになっているうちに、財布をなくしてしまったのです。財布といってもそんじょそこらの財布ではありません。フィンランドのお土産にマリメッコで購入した思い出の財布なのです。切符を購入する際にはあったのだから、しまい忘れたのか、散策しているうちに落としたのか、もしかしたらスリによるものかもしれません。ただ、頻発する自らのミスに、もはや記憶を辿る気力も失っていました。
「もう、最悪だ...」
口にしてはいけないと思っていたものの、心の中で何度もリフレインしています。もはや、人魚姫もアンデルセンもどうでもよくなっていました。そして僕は、はるか北欧の街、コペンハーゲンで途方に暮れていました。もはやこれに関しては、名人の域に達しています。ただ、中に現金をいれていなかったこと、切符を購入したときのカードを奇跡的に別のポケットにいれておいたことが、せめてもの救いでした。カードが一枚もなかったら、今回の一人旅はトランジットで終了していたかもしれません。
「カードを紛失してしまったんですけど...」
今回の最初の国際電話が紛失届けになるなんて。
「多分、置き忘れか、落としたんだと思います...」
スリよりは、自分のミスにしたい、そんな気持ちだけはかろうじて残っていました。ほかのクレジットカード会社にも紛失届けの連絡をしたときのなんともいえない気持ち。免許証の再発行手続きをしに二俣川までいくこと。そしてそれに必要な書類を調べたりする時間。そんなことをイメージするだけで、吐きそうな気分でした。
「もう、最悪だ...」
その言葉がついに、コペンハーゲンの街に響きました。浮ついた旅行気分を引き締めるものだとしても、この畳み掛けはキツイです。
結局一枚もシャッターを切らずに街をあとにし駅に戻ると、構内にカメラ屋さんがありました。どうせないだろうとダメもとではいるや、目に飛び込んできたのは「CDR」の3文字でした。
「うそでしょ...」
最初にここに立ち寄っていればすぐに見つかり、ヘトヘトにもならず、財布もなくさずに済んだかもしれない。そんな後悔の念を振り払おうと、少なくとも最初に発生した問題を解決できただけでもよかったじゃないかと、何度も言い聞かせました。
空港に戻った僕は、出発まで時間があったので、外のカフェテラスで休むことにしました。初めて訪れたデンマークの首都コペンハーゲンは、すっかり「財布をなくした場所」と、若干評判の悪いレッテルが貼られてしまいました。時計を見ると19時。それでも相変わらず昼間のような晴天が広がっています。ペプシの紙コップから流れてくる冷たい炭酸が、僕の体内のもやもやしたものを、洗面所のパイプをお掃除するように、シュワーっと洗い流していきました。
1.週刊ふかわ |, 3.NORTHERN LIGHTS | 09:45 | コメント (0)