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2007年09月30日

第287回「地球は生きている3〜呼吸〜」

 「なんだかよくわからないなぁ...」
 ツアーガイドのおばちゃんの英語は、50人ほどの外国人に混じるひとりの日本人のためにわざわざゆっくり話すはずもなく、完全にネイティヴな話し方で解説をしていくものだから、最初のうちは頑張って知ってる単語を拾っていたものの、なかなか追いつかず、すぐに落伍してしまいました。しかも、ツアーガイドのジョークでみんなが笑ったりすると一層孤独感を味わうので、僕はガイドを聞くのを諦め、音楽に身を委ねることにしました。
 そのバスの向かう先は、おそらくアイスランドに来た人は必ず訪れるといっても過言ではない、ゴールデンサークルです。そこにはアイスランド特有の自然や歴史的な見所が集中しているので、それらのポイントを結び、ゴールデンサークルと呼んでいるのです。レイキャヴィクから日帰りで回れるので、とりあえずここはツアーに乗っかっておこうと、ネットで予約しておいたのです。
 レイキャヴィクの街中でこそ見かけた建物も、市内を離れるとすぐになくなり、それに代わるようにダイナミックな山が次々と現れ、あっというまに観光バスは大自然の中にすっぽりと覆われていました。霧がかった山々はとても神秘的で、日本のように木々がなく、ごつごつとした荒々しい山肌が迫ってくると、その迫力に圧倒されます。そうかと思うと、5分に一度くらいで車窓に登場する放牧された馬や羊たちが、気持ちを和ませてくれます。僕は巨大なPVを楽しむように、音楽を聴きながら窓の外を眺めていました。
  延々と続く荒々しい山肌は、普段アスファルトの上で生活している僕からしたら、まるで地球の素肌、すっぴんの地球を見ているようでした。フィンランドの大自然は、森と湖で「美」という言葉が合います。日本の自然もどちらかというと「美」のほうでしょう。それに対し、そこにある自然は「荒」。なんのコーティングもしていない、荒々しい自然の姿が目の前に現れてくるのです。その景観に感動するとともに、自然の脅威を感じずにはいられませんでした。
 「なに、どしたの?」
 バスが停車すると、みんな降りる準備をはじめました。慌ててオーディオプレイヤーをしまった僕は、どこに着いたのかわからないまま、バスを降りて人の流れについていくと、ゴォーという地響きのような音が聞こえてきました。見ると下から白い霧のようなものがものすごい勢いで噴き上がっています。
 「これは、やばいかもしれない!」
 そこに吸い寄せられるように雨の中走って近づくと、予想を遥かに超えた景観が待っていました。
 「これは...」
 高さ30メートル以上の滝、と数字で表してもぴんとこないでしょうが、直角に降下する海とでもいいましょうか。かつて地球が丸くないと思われていたときの海の果てのようなものが目の前に広がっていました。これ大丈夫なの、と心配になるほどたいした柵もないので、いつでも飛び込んで我が身をささげることもできる状態です。それでなくとも、見ているだけで吸い込まれそうになります。吸い込まれそうにもなるし、近寄りがたい力を感じるのです。どこか人間が近づけない、神の領域といった印象さえ受けるのです。思い切ってぎりぎりのところに立とうとすると、久しぶりに「足がすくむ」感じを覚えました。霧雨と滝のしぶきが舞っている中にいると、なんだか全身が浄化されるような気分になりました。
 「ちょっと撮りすぎたな...」
 使い捨てカメラの時代だったらどうしていたのでしょう。デジカメではあるものの、毎回充電器を持ってこないから枚数よりも電池との戦いになります。ましてやいつも無駄に枚数を重ねてしまうので、ひとつの場所で3枚までと決めたりするんだけど、このグトルフォスと呼ばれる滝は、何枚撮っても撮り足りませんでした。
 「では、次の出発は14時ですので、それまでに戻ってきてください」
 途中、道の駅みたいなところで昼休憩になりました。いろいろメニューが並んでいるものの、なかなかリスクを背負って見知らぬメニューをオーダーできません。でもこういうときは決めていることがあります。海外旅行経験でわかったことのひとつは、「迷ったらフライドポテトにしろ」です。これに関しては、世界的にはずれがありません。フライドポテトばかり食べていては太ってしまいますが、いきなり現地の料理をチャレンジして悲しい気持ちになるよりは、まずは手始めにフライドポテトで口ならしをするのがいいでしょう。また海外の場合「フレンチフライ」と言ったほうが通じます。それにならって僕は、一人でフライドポテトを黙々と食べていました。ただ、ここは単なる休憩のためだけのポイントではありません。ここは、地球が生きていることを確認できる、重要な場所だったのです。
 アイスランド版道の駅の向かい側に広がる裾野には、いたるところから煙があがり、温泉地のような硫黄のにおいが漂っています。この中に、今回の目的を果たすためには絶対に見なくてはならないものがありました。それは、ゲイシールと呼ばれる間欠泉です。間欠泉とは、一定の時間を隔てて周期的に熱湯や水蒸気を噴出する温泉なのですが、ゲイシールはかつて70メートルもの高さまで噴き上げていました。しかし、数年前に現役を引退していまはひっそりと穏やかな生活を送っています。そのかわり、現在はその横のストロックルという間欠泉が頑張って数分おきに30メートルほどの豪快な噴出をおこなっているのです。そのストロックルに向かおうとしているとき、遠くでまさに温泉が吹き上がるのが見えました。
 「あ、あがってる!!」
 遠くではあるものの、その勢いと高さに圧倒されます。いわゆる噴水のように整然としておらず、まるで下から爆発したかのような勢いです。噴出のあとの大量の霧がなにごともなかったかのように風に流されてきます。
 「みんな待ってるんだ」
 ストロックルの前に来ると、ほかの観光客がみな、カメラを構えて彼を囲んでいます。直径3メートルくらいの中央にある噴出口が、沸騰したお湯のようにボコボコと泡をたてていました。
 「そろそろか...」
 なんとなく、その場に緊張した空気が流れました。噴出口が大きく膨張したかと思うと、反動を付けるように大きくへこみ、ものすごい勢いで温泉が噴出されました。
 「あがった!!」
 それは、まさに呼吸でした。人間が呼吸するように、地面から温泉が噴き上がる様子は、地球が呼吸しているようでした。
 「だめだ、よくわからない...」
 その都度動きは微妙に違うのでタイミングよく撮影するのがなかなか難しいです。さらに毎回ホームランというわけではなく、サイズがまちまちで、運がよければホームランを3連続で見られるのですが、小ぶりのものが続くこともあるのです。なかなか目の前で大きいのがこないので僕はストロックルを離れ、温泉が湧き出ている別の場所を回っていました。普段温泉にはいっているのだからそんなに珍しくはないものの、地表からボコボコ湧き出ている光景はとても新鮮で、ついつい周囲に流れ出た液体を触ってしまいます。
 「あ!!」
 そんな、離れているときに限って、遠くでストロックル選手が大きく噴き上げたりします。ホームランを2連続で打ったりするのです。僕が少し離れると、歓声が聞こえ、あわてて振り返ると巨大なサイズなのです。結局、その場ではLサイズを見ることができたものの、写真でのお持ち帰りはMサイズしかできませんでした。
 「たしかに、地球は生きている...」
 ガイドのおばちゃんの話を聞き流し、Mサイズの写真を確認していると、バスはさらに山の中、舗装されていない道にはいっていきました。
 「distance?」
 彼女の言葉からその英単語だけが僕の網にひっかかりました。
 「もしかすると次は...」
 その言葉で、バスがどこに向かっているのかわかりました。

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2007年09月23日

第286回「地球は生きている2〜雨のレイキャヴィク」

 「もう、12時か…」
 ロンドンのヒースロー空港で乗り換え、アイスランド航空でケプラヴィーク空港に到着する頃にはもう日付が変わろうとしていました。国際空港のわりにはとてもこじんまりしている建物を出ると、ひんやりした空気が体を覆います。僕は目の前に停車している市内行きの大きなバスに乗りこみ、出発を待ちました。
 アイスランドというとまず「アイルランドじゃなくて?」という感じできかれることが多いのですが、アイルランドはイギリスの西に位置していている国で、アイスランドはそのさらに北側、北極寄りに位置します。ちなみにエンヤがアイルランド出身で、ビョークがアイスランドです。なんかわかりますね。以前からとりつかれたように北欧北欧言っていますが、通常、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、そしてこのアイスランドの5カ国が北欧です。地理的には他の4カ国と離れているものの、ノルウェーからの移民が多かったことや、色が違うだけの国旗をみると、この5カ国を北欧と呼ぶのが適当なのでしょう。
 ちなみに、アイスランドは9世紀まで無人の島で、最初に定住したのは修行のためにやってきたアイルランドの修道士たちでした。その後、ノルウェーからやってきたフロキという人物が移住したのですが、あまりの寒さで根負けして島から引き上げたのです。その際にフィヨルドの浮氷を見た彼が「アイスランド」と名づけたそうです。
 本格的な移住がはじまったのは870年ごろです。インゴゥルブルという人物がある岬に到着すると、そこで飾り柱を海に投じました。3年後に漂着した場所に居を構えることにしたのですが、それが現在の首都レイキャヴィクです。その後、ノルウェーから自由をもとめてやってきたヴァイキングが押し寄せると、もともといたアイルランドの修道士たちは、彼らに全ての土地を明け渡しました。ちなみにレイキャヴィクとは「煙の湾」という意味で、火山によって発生した温泉によって湾いっぱいに湯煙があがっているのを見たヴァイキングたちが名づけたそうです。「氷の国」のなかの「煙の湾」ということです。
 また、自由と平等を求めてやってきたヴァイキングたちがルールを定めようと、アルシングと呼ばれる民主議会を開いたのですが、これが世界で最初の民主議会となりました。世界初の憲法、世界初の議会制民主政治ということです。もう一ついうと、アメリカ大陸の発見はコロンブスで有名ですが、実の所、それよりも 500年も前に、アイスランドのレイブル・エリクソンが発見していたのです。彼は、本来向かっていたグリーンランドに向かう途中に嵐に遭い、遭難します。そしてたどり着いたのが見知らぬ大陸で、ブドウがたくさんあることから彼は「ヴィンランド」と名づけました。その場所が現在の北米大陸だったのです。しかし、先住民との争いで入植は失敗したために、アイスランドへと引き上げることになります。そしてその500年後、新大陸発見の栄誉はコロンブスに渡ってしまうのです。
 また、「アイスランド」という響きは、まるで北極や南極のような極寒の地をイメージさせますが、実はそんなことはなく、メキシコ暖流のおかげで比較的温暖で雪も多くはないのです。やはり6〜8月が観光シーズンで、イギリスをはじめとするヨーロッパはもちろん、アメリカやカナダなど、世界中の人々が夏のアイスランドを満喫しに行きます。ちなみに物価は高く、たとえばペットボトルの水がいまのレートだと400円弱といったところです。
 「こんな遅くて大丈夫かな…」
 しばらくして動き出したバスはひたすら真っ暗な世界を突き抜けるように走っていきました。街灯がないので窓からはなにも見えません。感動は明日にとっておくことにしました。市内のバスターミナルに到着してさらに小さなバスに乗り換えると、順番に宿泊ホテルまで送ってくれました。ようやくホテルの前で降りたときはもう深夜一時。薄暗いロビーをスーツケースをカタカタひきながら歩いていくと、スーツの男の人が迎えてくれました。
 「ミスターフカワ?」
 こっちが名乗る前に、そう尋ねてきました。最近は、ほとんどの予約をネットで済ませているのですが、心のどこかでまだ「大丈夫かな」という不安が残っています。だから、それがちゃんとできていたりすると、ほっとするのです。この不安をひとつずつ片付けていく感じがまたクセになるのですが。
 「さぁ、ここはどうだろう…」
 部屋に到着してしばらくベッドに横になると、思い出したようにケータイの電源を入れました。少し前に買い換えたケータイは、幸か不幸か、何の手続きもなくベルギーでもフィンランドでも、電波が入りました。トランジットのロンドンでも当然のようにつながったので、結果はなんとなく予想できました。
 「え?」
 画面には圏外と表示されていました。これまでは最初は圏外になっても、電波を探してしばらくするとアンテナが立ったのですが、いくら待っても圏外のままです。
 「これはもしかして…」
 そうです、さすがのドコモもアイスランドにはアンテナがありませんでした。うれしいようなさみしいような、複雑ではあるものの、7:3でうれしいほうが勝っていた気がします。つながるとどうしても見てしまうので、たまにはケータイに振り回されない生活もいいものです。
 翌日は、アイスランドに来た人は必ず訪れるという、ゴールデンサークルのツアーが控えていまいた。翌日といってももう数時間後に集合だったので、僕は時差ボケなんだかよくわからないまま、すぐに就寝することにしました。
 「雨か…」
 翌朝、窓からは雨のレイキャヴィクが見えました。高いビルなどは当然なく、かわいらしい屋根の家屋が並んでいます。こういう、いざというときの天気は、日頃の行いが反映されるものだと思っていますが、ヨーロッパの街は、とても雨が似合うので、そんなにテンションもさがりません。窓からの眺めを写真に収めた僕は、朝食を済ませ、外国人でいっぱいのバスに乗り込むと、大きなバスはゴールデンサークルへと動き出しました。

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2007年09月16日

第285回「地球は生きている1〜旅立ち〜」

 そのとき僕は、ロンドンに向かう飛行機の中にいました。海外ロケなどの仕事ではありません、海外旅行です。こんな夏休みでもお正月休みでもないない時期に海外旅行とはなかなかのんきなものですが、前々から企画していたわけではなく、ある意味衝動的に旅立ってしまったのです。その国のことがある日突然気になって、気になりだしたらとまらなくなって、まるで恋するように気持ちが抑えられなくなってしまったのです。恋の病のように四六時中そのことを考えるようになってしまった僕は、その日からネットなどでひたすら調べ、気付けば旅行会社に電話をしていました。もうこうなると駄目なのです。自分の意思ではとまらないのです。
 ただそれでも僕の心の中には、すこしひっかかっていることがありました。社会人としての責任感のようなものです。果たして、まだひな壇芸人から卒業していない僕が、こんな時期に海外旅行に行っていいのだろうか。ましてやこの前フィンランドにいってきたばかり。今回もし決行したら今年に入って3回目(仕事を除く)の海外旅行、年末にも行ったら、一年に4回ということもあり得ます。だから、どうにかこの抑えられない気持ちを抑えなければ、我慢しなくてはと思ったのです。そのために僕は、誰かに強く「駄目だ」と言われよう、そう思ったのです。
 「この前って、社長はなんか言ってた?」
  フィンランドに行ったのは6月末のことです。
 「ふかわらしいね、と言っていました」
 「あ、そう...」
 「なんでですか?」
 「いや、この前いったばっかりだから多分だめだと思うんだけど」
 「はい、なんですか?」
 「もしも、また海外行きたいっていったら、やっぱりだめだよね...」
 僕は、「駄目だ」といわれる流れを作っていました。マネージャーに駄目と言われてあきらめようと思っていました。
 「大丈夫じゃないですか」
 「え?大丈夫?!」
 「はい、大丈夫と思いますよ」
 「え、どして?この前行ってきたばっかりで怒られないかな」
 「いや、ハワイとかで遊ぶなら別ですけど、そうじゃないんですよね」
 「そ、そうだけど」
 「この前のフィンランドも仕事に反映されてますし、大丈夫ですよ」
 「あ、そう...」
 「ちなみに、どちらに行かれるんですか?」
 「アイスランド、なんだけど」
 「アイスランド?ってどこでしたっけ?」
 「北欧といえば北欧なんだけど」
 「勉強のためであれば、全然いいと思いますよ。社長もそこらへんは理解していると思いますし」
 僕は、予想外の返答に、嬉しさよりも戸惑いのほうが多くを占めていました。
 「ちなみにアイスランドだと、なにしにいくんですか?」
 「なにしに...ってわけじゃないんだけど、いろいろとみたいものがあって」
 「そうですか。まぁ、とにかく遊びじゃないのであればいいと思います」
 「あ、そう...でもまだ大決定じゃないからもしなにかあればいって」
 僕の気持ちを抑えるどころか、拍車をかけたマネージャーの言葉が、実質上のゴーサインになりました。放水されるダムの水のように、アイスランドへの想いは一気に流れ出しました。
 「チケットの発券おねがいします」
 僕はすぐに旅行会社に電話し、仮でおさえていた航空券を手配してもらいました。予定を組んでいたのでうそれにあわせてホテルや国内線の飛行機の予約などをネットで済ませ、のこすは国際免許の取得だけになりました。国際免許というと、どこか大げさな印象を受けますが、実は手続きは簡単で、15分ほどで終了します。なぜ知っているのかというと、これまでの海外のときも万が一のときのために国際免許証を一応持ってはいたのです。「運転できる」という気分を取得するために。でも結局、なんだかんだ国際免許が活躍することはなかったのです。でも、今回ばかりは取らないわけにはいきませんでした。というのも、アイスランドは鉄道が走っていないのです。
 「アイスランド、アイスランド...」
 僕は、本の背中を指でなぞりながら、アイスランドの本を探していました
 「な、ない...」
 しかし、地球の歩き方なら当然あるだろうと思いきや、どこの書店を訪れても、そこにアイスランドの文字はありませんでした。
 「そんな馬鹿な...」
 すべてが網羅されていると思っていたあのシリーズさえも、アイスランドに関しては単体のガイドブックを発行していなかったのです。(実際には、ヨーロッパ編で少し扱っていますが)
 「よろしければ、ガイドブック郵送しましょうか」
 結局、アイスランド大使館に電話しては質問攻めをしていた挙句、別のガイドブックなどを郵送してもらいました。
 「電車がないのか...」
 なので、主要な移動手段はバスかタクシーになります。当然、現地にはバスによるガイドツアーもあるのですが、僕の行きたい所はそういったものがなかったのです。なので今回は、これまでのような「気分」の取得でなく、本当に国際免許が必要だったのです。
 ラジオを終えた僕は、まだ薄暗い中、六本木ヒルズからそのまま成田に向かい、ロンドン行きの飛行機に乗りました。アイスランドは、チャーター便を除く、日本からの直行便はありません。一般的には、コペンハーゲンかロンドンでの乗り継ぎになります。ロンドンまでが12時間、そこからアイスランドまでが3時間ほどです。ちなみにマネージャーには言いませんでしたが、僕の中ではちゃんと目的がありました。しっかりとしたサブタイトルがあったのです。それは「地球が生きていることを確認する旅」です。
 「果たして、確認できるだろうか...」
 そして僕は、今回の旅用に編集しておいたオーディオプレイヤーを装着し、オレンジジュースを飲みながら、大使館から送ってもらったアイスランドの本を眺めていました。

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2007年09月09日

第284回「ロケットマン、遂に映画化!!」

早いもので、ロケットマンのファーストアルバムがリリースされてから9年もの月日が経とうとしています。ということは来年で活動10周年になるわけです。それに先駆けてではありますが、この度、なんとロケットマンが遂に映画化されることになりました。その名も「ロケットマン!」です。ピーナッツで映画音楽をやったことはあるものの、まさかロケットマン自体が映画になるなんて夢にも思いませんでした。やっぱり続けてみるものです。公開は今秋10月、都内をはじめ、うまくいけば全国展開もありえるそうです。全国の巨大スクリーンにロケットマンの文字がでるなんて、想像しただけでぞくぞくしてしまいますが、公開前にひとつだけ皆さんにお伝えしなければならないことがあります。それは、僕は一切出ていない、ということです。
「なにこれ?!」
数ヶ月前、マネージャーが一枚のチラシを渡してきました。
「映画です」
「映画?どういうこと?」
「この秋公開される映画です」
「この秋公開って、もうすぐじゃん」
「そうです」
「そうですって、まだなにも撮ってないよ、どういうこと?」
「もうできてるんです」
「できてる?」
「はい、タイの映画なんです」
「タイ?!」
「はい。タイの映画が日本で公開されるんです」
「このタイトルで?」
「そうです。ただタイでは違うタイトルなんですけど、邦題がこうなったそうです」
タイトルロゴの雰囲気は、懐かしいくらいファーストアルバム時のロゴと一致していました。
「完全にロケットマンだ…で、どうしたらいいの?」
「コメントが欲しいそうなんです」
「コメント?」
「はい、ロケットマンとして」
「コメントっていってもなぁ…」
そのパンフレットを見ると、まるで自分の映画ができたかのような錯覚におちいるほど、完全に「ロケットマン」の映画でした。
「ちょっと見てよこれ」
「なんすか…」
さっそくそのパンフレットをラジオのスタッフに見せました。
「すごくない?」
「え、どういうことですか?」
「タイの映画」
「タイの?」
「そう。ほら、いままでもそういう映画あったじゃん。あの流れだと思うんだけど」
「そうなんですか。っていうか、完全にロケットマンじゃないですか」
「そうなんだよ。向こうでは違うタイトルだったみたいなんだけど、邦題がこうなったみたい」
そのパンフレットをスタッフが囲んでいました。
「それにしても少しは気にして欲しいよな、日本のロケットマンのことも」
「そうですよね、会議で多少話しは出たでしょうね」
「そうでしょ?俺もそう思うんだよ」
僕は、パンフレットに書かれたロケットマンのロゴを見つめていました。
「じゃぁ、邦題はロケットマンでいいかな」
会議室に、映画会社のスタッフ達が集まっていた。
「そうですね、これでいきましょう。勢いもあっていいですし」
ホワイトボードに書かれたいくつかの邦題案の中で、「ロケットマン」の文字だけが赤い丸で囲われていた。
「あ、ちょっと待ってください!」
「なんだよ、もう決まりかけてるっていうのに」
「すみません、でも僕、ロケットマンって聞いたことがあるので、一応ネットで調べてみます」
「大丈夫だって、聞いたことないし」
「あ、ありました!!」
「ほんとか?だれだ、ロケットマンって」
「お笑いのふかわりょうっていうのが音楽活動するときの名前みたいです」
「ふかわか…」
「どうなんでしょう、こういうのって」
「多少、打診したほうがいいんですかね…」
会議室に沈黙が流れた。
「まぁ、いっか、ふかわだから」
「え、いいんですか?」
「だって現に知らなかったし、なんか言ってきたら謝ればいいよ」
「そんなんで大丈夫ですかねぇ…」
「よし、邦題はロケットマンで決まり!」
そうして、ホワイト上には「ロケットマン」の文字だけが残された。
「ちきしょー!まぁいっかだってよ!」
「どしたんですか、急に?!」
「会議の模様を想像してたら腹が立ってきた!まぁいっかの瞬間、会議室に乗り込んでやればよかった」
「でもおいしいじゃないですか」
「おいしい?」
「はい、ロケットマンっていう言葉が世に出るんだからいいことですよ」
「…そうだな、ラジオでもネタになるしな」
「よし、こうなったら全面協力して、正々堂々便乗しよう!」
ということで、映画「ロケットマン」に、僕は一秒もでていません。一秒もでていないのですが、テーマソングに使用されることになりました。本編中には流れないのですが、一応、テーマソングらしいです。CMなどのときに流れるのでしょうか。こうなるともう、他人事ではなくなってきました。なにはともあれ、映画「ロケットマン」、ぜひ相乗効果を!!
P.S.:
会議室の模様はフィクションです。

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2007年09月02日

第283回「distance(姪との)」

 それは、ある夏の日のことでした。
 「いまから家出るから、お昼すぎには着くと思うよ」
 「かなり道混んでるから気をつけなさいね。横浜からは5時間かかったから」
 昔から母は大袈裟に表現します。
 「そんなにかかるんだ。で、今はなにしてるの?」
 「省吾くんがバイオパークみたいっていうから、みんなで来てるのよ」
 電話の向こうで子供たちの騒ぐ声が聞こえてきました。
 仕事のため2日目から合流することになっていた僕は、35度を越える暑さの中、家族の待つ東伊豆は熱川のホテルに向かいました。お盆前ではあるものの、夏休み真っ只中ということもあり、相当の渋滞に巻き込まれることを覚悟の上で。
 子供の頃は夏休みに必ず家族5人でおばあちゃんの家に行っていました。当時は高速道路が整備されてなく、途中カーフェリーに乗ったりして、その道中を楽しみにしていました。ちなみに、この帰省中の車の中でいつもオフコースが流れていたわけです。しかし、息子の成長とともに家族5人で旅行する機会も減ってしまいました。やがて3人の息子たちは社会人になり、それぞれが両親と一緒に旅行に行くことはあっても、家族5人揃ってというのはそれこそ十数年ぶりになるかもしれません。久しぶりに家族旅行が開催された現在は、それぞれ所帯持ちで、長男の子供が3人、次男の子供が2人います。だから今回は、合計12人の家族旅行になったわけです。
 「ったく大袈裟なんだよな、いつも」
 スタバのドライブスルーで購入したグランデサイズのカフェオレを横に、音楽をガンガン流しながら高速道路をひたすら走ると、やがて海が見えてきました。海岸線は思ったよりも渋滞してなく、カフェオレを買い足す必要もなさそうでした。ただ、道は空いているものの、僕の中で、ひとつ気になることがありました。それは、果たして兄の子供たち、つまり僕にとっての甥や姪たちと仲良くできるだろうか、ということです。小さい頃、おばあちゃんの家で母の妹、つまり僕のおばたちと遊んだことがすごく楽しかっただけに、不安になってきたのです。
 「あんな風にできるだろうか...」
 これまで何度か顔を合わしてことがあるものの、まだ小さすぎて会話という会話をしたことありませんでした。だから、どういう子なのかもわからないし、ましてや何を話したらいいかなんて見当つきませんでした。答えも見つからないまま、車は目的地にたどり着きました。
 「あら!もう着いたの!早かったわね!」
 部屋に着くと、両親が畳の上で横になっていました。
 「言うほど混んでなかったよ。みんなは?」
 「省吾くんは海で、優梨香ちゃんはプールで、あとは部屋でお昼寝かしら」
 「あ、そう。じゃぁ海いってこようかな」
 ホテルの真ん前に、まるで専用ビーチかのように海が広がっていました。ほとんど若者の姿はなく、家族連ればかりが目立ちます。その中に、小学校2年生の省吾くんと妹の舞子ちゃんがいました。ふたりは黙々と砂遊びをしていて、叔父がきたことに気付いていないようでした。僕はホテルのロビーで買った浮き輪に乗り、ずっと海に浮かんでいました。
 「ほら、にいにい来たよ」
 夕食の時間になると、府川家全員がひとつの部屋に集まりました。義姉のさおりさんが子供たちに言います。
 「ほら、優梨香、にいにいきたよ、写真撮ってもらいたいんでしょ」
 小学校一年生の彼女は、聞こえてないのか照れているのか、遊びに夢中になって反応しません。甥や姪たちは年が近いからクラスメイトのように仲良く、そこに30オーバーのおじさんが入り込む隙はありませんでした。
 「あとで写真とってもらいなさいね...にいにいいつ来るのってきいてたのよ」
 走り回って僕の横を通り過ぎる彼女たちに、なんて声を掛けたらいいのかわからずにいました。姪や甥とのdistanceがそこにありました。
 「トランプでも持ってくればよかった...」
 遊び道具なしで彼女たちとの距離を縮めることが困難な気がしました。
 「じゃぁみんなでお散歩しましょうか」
 夕食を終え、家族全員でホテルをでると、海から心地よい風が流れてきます。風にうたれながら砂浜を散歩していると、続々とほかの家族も砂浜に降りてきました。
 「花火は昨日やったからいいでしょ」
 周囲の家族連れがやっている花火が、砂遊びをしている子供たちを照らしていました。
 結局、姪たちとのdistanceを縮められないまま、朝を迎えました。その日も猛暑が予想されるほど、朝から太陽がぎらぎらと輝いています。僕は、まだ人の少ない海で、浮き輪に乗ってぼんやりと空を眺めていました。
 「あれ、みんなは?」
 海からあがり、集合時間にロビーに戻ると、両親だけがソファに座っていました。
 「省吾くんがオルゴール見たいっていうからみんな先にいって見てるわ」
 「そうなんだ」
 「もう少ししたら出発して、合流したらみんなでお昼たべましょう。きっと省吾くんのことだから1時間くらいは見てるでしょうから」
 兄の家族は先にチェックアウトを済ませ、ホテルから車で20分くらいのところにあるオルゴール記念館にいっていました。ちなみに省吾くんはなんにでも好奇心旺盛で、父のバイオリンに影響を受け、3歳でバイオリンを始めたほどです。
 「あれ、省吾くんは?」
 オルゴール記念館に迎えに行くと、ちょうど兄たちが見学を終えて出てきました。ただ一人見当たりません。省吾くんの強い好奇心は、ほかの11人を20分ほど待たせました。
 「じゃぁ行きましょうか」
 ようやく全員が揃い、それぞれの車で昼食のレストランに向かうことになりました。僕もひとり車に乗ろうとした、そのときです。
 「にいにい車のせて」
 女の子の声がしました。
 「車のせて」
 振り返ると、姪の優梨香ちゃんと、その後ろに省吾くんと妹の舞子ちゃんもいました。
 「あ、のる?いいよ、ちょっと待ってね」
 反対側にまわってドアを開けると、3人の子供たちが一斉に僕の車に乗り込みました。
 「では問題です」
 後ろでなぞなぞを出しているのを背中で感じながら、子供ができるとこんな感じなのかなぁと想像しました。
 「ねぇ、いまの問題もういっかい教えて」
 タイミングを見計らって、子供たちのなぞなぞ大会に参加しました。レストランに着くまでの短い時間ではあったものの、少しだけ、姪とのdistanceが縮まった気がしました。
 「やっぱりパエリアで正解だったわね」
 海の幸の和食ばかりが続いているからそろそろ違うものにしようという提案が功を奏し、母も満足気でした。家族12人が一つのテーブルを囲んだ、夏の日のことでした。

P.S.:
アルバムページにフィンランド旅行記が。
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ロケットマンの一人旅2007(クラブイベント&サイン会)情報はコチラ

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