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2017年09月15日

第730回「私が旅に出ない理由」

 

 お察ししている方もいるかと思いますが、今月末に夏休みをいただくことになっています。あらかじめお伝えしておきますが、アイスランドには行きません。みなさん気を遣って「今年は行くのですか?」なんてよく訊ねてくれるのですが、もうかれこれ3、4年行っていないと思います。ある意味、羊たちと戯れるための夏休みと言っても過言ではなかった私が、あんなに毎年訪れていた私が、ここ数年めっきり北緯66度の島を訪れなくなったのは、気持ちが離れてしまったからではありません。いくつか理由はあるのですが、その一つは、「みんなが行くようになったから」です。

 読者の中には、私に影響されて訪れるようになった方もいるでしょう。安心してください。あなたを責めているのではありません。世間のアイスランドに対する関心が非常に高くなってしまったところにあるのです

 私が初めて訪れた時は、それこそ地球の歩き方なども存在せず、ほとんど情報がありませんでした。大使館に電話することもしばしば。それが今では、あるわあるわ。ガイドブックや関連書、おしゃれ雑誌では特集が組まれ、旅行会社ではツアーが組まれ。テレビでも目にする機会も増えました。そうなると、自ずと周囲のリアクションも変わります。かつてはまるで南極大陸に行くかのようなリアクションをされましたが、今では旅人の聖地と化し、それこそインスタ映えするスポットも多く、憧れる者が増えました。

 私自身、書籍、番組など、そう言った現象に少なからず加担しているわけで、本来は喜ぶべきことなのかもしれませんが、そこは乙女心ならぬおじさん心。ここまでブームになってしまうのは全く望んでいないのです。秘密基地にたくさんの人が押し寄せてしまうような寂しさ。追っかけをしてきたバンドのメジャー・デビューを祝福すべきなのに、どうしても寂しさが拭えない。みんなのものにならないで。

 フィンランドの時もそう。サービスエリアもDJもそう。いつも後から時代が追いかけてくる。大衆のものになって欲しくない、みんなのものになって欲しくない、もう「僕は嫌だ!」なのです。

 もちろん、私よりもずっと前から訪れている方もいるでしょうし、それでも好きなら行けばいいのです。しかし、私の島ではなくなってしまった現実を目の当たりにしたくない。この複雑な気持ちは、決してご理解いただけないものではないと思います。今は、行かないでおこう。もう少し経ってから、存分に堪能しよう。それが、「アイスランドに行かない理由」のひとつです。

 ということで、お休みはのんびり、ゆっくりと流れる時間をどこかで満喫したいと思います。この配信は2週間お休みとなります。休み中は、いつもと違う夕方をお楽しみください。

 

 

 

 

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2017年09月08日

第719回「テイクアウトで」

 

「お持ち帰りしますか?」

まるでファスト・フードの店員さんのように言いました。

 

「ついに来てしまった」

 もう逃げられない。その時の僕は、まるで処刑を待つ囚人のように怯えながらシートに座っていました。

「今日は、歯を抜きますからね」

 覚悟はしていたものの、やはり冷静ではいられません。あまり考えないようにとは思っていたけれど、日にちが近づくにつれて次第に気持ちが重たくなり、昨晩は寝つきもよくありませんでした。背後の声が女性から男性に変わると、シートが傾いていきます。

「では、麻酔を打ちますからね。心臓がドキドキするかもしれませんが、大丈夫ですから」

 すでに心拍数は上がっていました。これ以上上がったらどうなってしまうのだろう。そんな心配をよそに、奥歯の根元に麻酔が注入されていきます。1箇所、2箇所、3箇所。決して激痛というわけではないけれど、やばいところに突き刺さっている感覚。喉の奥に液体が流れていきます。

「それでは、麻酔が効くまで3分ほどお待ちくださいね」

 胸から飛び出そうなくらい、バクバクいっていました。目の前のモニターで、パイレーツ・オブ・カリビアンが流れています。長いような、短いような、3分間。時がやってきました。どうか痛くありませんように。そう願いながら僕は再び大きく口を開けると、先生の指が侵入して来ます。そして、何かをチェックするように二本の指の腹で歯をぐらぐらとやりました。

「では参ります!」

これは院長の口癖。何か始まる時、この言葉が発射されます。その指は口から出ることなく、そのまま大根を引っこ抜くように奥歯を引っ張っていきました。ミシミシとも、めりめりとも違う音が体の中から伝って来ます。

「え?このまま行っちゃう感じ?」

器具を使うこともなく、そのまま指で引き剥がされていきます。

「はい、終わりました」

 親不知の時に比べると、意外とあっさり、かつ簡単に抜けてしまいました。

「ほら、見てください、骨が溶けちゃっていたんです」

手のひらに横たわっているのは、約30年間の勤務を終えた勇姿でした。

 

「持ち帰ります!」

 屋根の上に投げるわけでも、縁の下に投げるわけでもありません。可愛らしい白いケースに入れられた奥歯をポケットに入れて、歯医者を後にする午後。お酒解禁になったら、お疲れ様会をしてあげよう。

 

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2017年09月01日

第718回「それでも夏を嫌いになれない」

 

 9月になりました。毎年恒例のアルバムリリースも、ロケフェスもなかったこと、そして、「やりません」とも「出しません」とも、はっきりお伝えできなかったこと、とても心苦しいところではありました。楽しみにしてくれていたファンの皆様には非常に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 フェスもニューアルバムもない夏でしたが、本来それらに注ぐ予定だったエネルギーは、別の場所に分散されていきました。ゲストDJやトラック制作、何より、気持ちに余裕も生まれました。それくらいアルバム制作やイベント開催というのは、全身全霊をかけて遂行されます。悪くいえば、盲目的になってしまい、全意識がそこに集中してしまって、他のことがあまり手につかなかくなってしまいます。だからこそ、得るものも大きいわけですが。

 ゲストDJとして様々なイベント出演することや、時間や気持ちに余裕ができた今年の夏は、やはりいつもと違う景色が広がっていました。

 特に、ゲストとして赴く場所は、普段のホームのイベントとは異なり、外の空気を吸うことになります。アウェイとまではいかなくとも、僕のことをあまり知らない人たち、好意を抱いていない人たちの前でパフォーマンスすることになります。それだけ緊張感が高まるのですが、それらを避けて外の空気を吸わないでいると、井の中の蛙になってしまいます。

 あらゆるエンターテインメントにおいてそうですが、ファンではない人たちの前でどのようなパフォーマンスができるのか、ということはとても重要なこと。ファンの方々と共に楽しむことも大切なことですが、それだけではいつまでたっても水槽は大きくならない。大海に出られない。いつもと違う道を歩くことで気がつくこともあります。新規獲得のためではありません。表現者としての筋力を鍛えるため。「書を捨て、旅にでよ」と言いますが、表現者はやはり「旅」にでる必要があるのでしょう。

 いつもホームだけで試合をするのではなく、アウェイの中で戦うことがいかに大切なことか。もっといえば、どういう状況であろうが、ファンであろうがなかろうが、いま目の前にいる人たちを楽しませることができるかどうか。目の前にいる人たちを大切にする。決して容易なことではありません。これ程シンプルなことが、とても重要なのです。

 もちろん、地方巡業をはるばる応援しに来てくれる方達にはとても感謝しています。どこに行ってもファンの方がいることで、とても安心します。皆さんのおかげで、とても楽しく「旅」に出ることができます。本当にありがとうございました。これからもきっと「旅」は続きますが、皆さんの遠征も楽しいものになるよう、願っています。

 ニューアルバムも、ロケフェスもない夏。いつもと違う夏から、たくさんのものを吸収できました。やっぱり夏を嫌いになれない。

 

 

 

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