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2015年01月25日

第600回「きらきら星はどこで輝く 第6話 天井の高い部屋」

「いろいろあるなぁ・・・」
 鉄は熱いうちに打てといいますが、気持ちが冷めるどころかまだ温度が上昇していくようです。演奏会を終えてまだ何日も経っていないというのに、僕は、都内のピアノホールを検索しはじめました。小さなホールから大きなホール、聞いたことのある場所、はじめて耳にする場所。まとめてくれている人のおかげもあり、たくさんの発表会場が浮上してきました。
「抽選かぁ・・・」
 なかでも気になったのが区民ホール系の施設。これまでもフニオチコンテストで利用してきましたが、比較的リーズナブルな料金で利用できるということもあり、それだけ人気も高く、半年前や一年前の抽選になってしまいます。なので、せっかく朝早きして抽選にいっても手ぶらで帰ってくることもあるのですが、それ以前に、半年先や一年先ともなると、中弛みして、さすがの鉄も冷めてしまうかもしれません。そもそもピアニストでもない男の演奏会にどれくらいの人たちが興味を持つのだろうか。そんなことを考えながら、いろんな会場を巡っていると、ひときわ輝きを放っている場所に遭遇しました。
「これはいい・・・」
 それは、一枚の写真でした。天井へと伸びる白い壁の前に、グランドピアノが一台。上からはやわらかな光が降り注いでいます。どこか教会のような雰囲気。この写真を見てしまったら、もう、区民ホールには戻れなくなってしまいました。
「いま、向かっているんですけど
 夕方の生放送の後、僕は、期待に胸を膨らませて運転していました。天井の高い部屋。ただ、あくまで写真は写真。よくある旅館の写真などのように多少の美化はあるもの。あまり過度な期待はせずにと言い聞かせて駅前の通りを抜けていきました。そして、商店街から住宅街へと変わるそのあたりに、その部屋はありました。
「いま、到着しました」
 まもなく、電話の女性が迎えてくれます。
「ふかわさんて、やっぱりふかわさんだったのね!」
 クリスマスのイルミネーションが施されています。彼女のあとを追うように、門を抜けてなかにはいりました。小さな受付。そして扉を開けると、ひんやりとした空気とともに、写真でみた光景があふれてきました。
「やばい・・・」
 白い壁に見上げるほどの高い天井。そして静かにグランドピアノが凛とした姿で置いてあります。まさしく写真でみた世界がありました。写真のイメージを裏切るどころか、想像以上に素敵な場所でした。
「弾いてみますか?」
 正直、弾きたくてたまりませんでした。でも、いざ椅子に座ると、鍵盤を叩くことにためらうほど、静かな空気。思い切って指を動かしてみれば、それはそれは素敵な音色に包まれました。こんな素敵な空間で弾けるなんて。音たちもさぞ幸せなことでしょう。
「そうそう、3月にね、ちょうど空きがでたんですよ」
 4月下旬に仮予約をしていました。いまから3ヶ月あればどうにかなるか。冬の日曜の午後にぴったりな空間。
「では、ぜひお願いします」
 それから、楽屋などを拝見してますます気に入った場所。そして僕は、会場をあとにしました。まるでそこだけ異空間のようです。本当に素敵な場所が見つかりました。さぁ、あとは練習あるのみ。鉄はますます熱くなっていくようでした。


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2015年01月18日

第599回「きらきら星はどこで輝く 第5話フーマンの日曜日」

 風とマシュマロの国、海辺にたたずむ一軒の家で、ひとりの羊飼いが羊たちと暮らしていました。彼は、仕事がひと段落するといつも、ピアノを弾いていました。牧草地帯に置かれたピアノ。羊たちも聴いているのでしょうか。誰の耳に届くわけでもなく、ただ草原を抜け、海へと消えてゆく音たち。でも、日曜日は違いました。

 グランドピアノの屋根が開くと、羊たちはまわりに集まってきます。遠くで草を食んでいる羊たちも、開いた屋根からこぼれおちてくる音たちが耳のなかにはいってくると、食事をいったん中断して、グランドピアノのほうに顔を向けます。

「次は、ドビュッシーの曲を弾くよ」

 ピアノのまわりにはたくさんの羊たちが寝そべっています。まるで、雲の上で弾いているよう。のどかな日曜の午後。ピアノの調べが羊たちの上を跳ねるように通過して、海へと消えていきます。ときおりまざる、調子のずれた音。羊たちもうとうとしはじめました。

「そろそろ調律しないとだめかな…」

 彼は、人前でピアノを弾くことはありません。万が一お願いされても、すべて断っていました。

 何曲ぐらい弾いたでしょうか。彼は、羊たちの大好きなごはんを用意しました。羊たちは、いつも牧草地帯の草を食べていますが、サイロで熟成させ、油を少し塗ったこの草が大好きなのです。ふわふわの羊毛から四本の肢が一斉に飛び出すと、ピアノを担ぐおみこしのように、羊たちがひしめきあいます。もしかすると羊たちは、音色よりもこのごはんが目的なのかもしれません。

 そんなある日、彼が家をでると、信じられない光景が広がっていました。

「なんてことだ…」

 草原の上に置かれたピアノがありません。いったいどうしたことでしょう。あの大きなピアノが、いつもの場所にない。彼は、あたりを散策しました。しかし、黒い色の羊は見かけるものの、どこにもピアノはありません。

「いったい、誰が…」

 調子のずれたピアノをだれが持って行ってしまうのか。あんなに重たいもの、よほどの人数じゃないと持ち運べないだろうに。彼は、ショックで家からでなくなりました。

 海の向こうから音がきこえてきます。すると、ピアノが、海へと流されていきます。大きくて重たいピアノ、ぷかぷかと、遠くへ流されていき、やがて見えなくなってしまいました。

「だれだろう…?」

 ノックの音で目が覚めました。家の前の道に、一台の車が停まっています。扉を開けると、背の高い男が立っています。

「ちょっと、見ていただきたいものがあるのですが…」

背の高い男の車に乗せられ、やってきたのは、村の集落の中心にある、教会の前。

「あれは、あなたのものではありませんか?」

背の高い男の指した先に、一台のグランドピアノがありました。

「わたしの、ピアノ…?」

 彼は、教会の前に置かれたグランドピアノを見て目を丸くしました。どうも見覚えのあるピアノ。脚のところに、羊たちたちのかじった跡もあります。

「どうしてこんなところに…」

「やはりあなたのピアノですね?こんなところに置かれては困りますよ」

「いや、でも、どうして…」

いったいだれがこんなことをしたのでしょう。ひとりで運ぶことなんて到底できません。

「せっかくだから、なにか弾いてくれないかしら」

そばで見ていた婦人が言いました。

「そんな、人前で弾くほどのものでは…」

 彼は断りましたが、たくさんの見物人がいたので、弾かずに去るわけにもいきません。困った表情をしながら蓋をあけると、やさしい指が鍵盤の上にのりました。


「どうもありがとうございました!」

大きな車の荷台からグランドピアノが運ばれると、いつもの位置に置かれました。

「それにしても、いったい、だれが…」

「羊たちが、運んだのですかね」

「まさか、そんなわけ…」

羊たちはいつものように草を食んでいます。海辺の家に、夕日が差し込んでいました。

 それから、またピアノの音色が聞こえるようになりました。もちろん日曜日は、羊たちに囲まれて。何曲か演奏すると彼は、羊たちの大好きなごはんをやりました。


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2015年01月11日

第598回「きらきら星はどこで輝く〜第四話 フーマン誕生〜」




 予期せぬ事態が発生していました。コンサートを終え、解放感で満たされるはずたった僕の体は、「悔しさ」という苦いものが混ざっていました。もっと練習しておけばよかったという「後悔」のようなものではなく、あんなに練習したのに結局俺はこの程度の音しか奏でられないのかという、自分に対する苛立ち。解放感めがけて練習してきたのだし、直に消滅するだろうから、最初はこの感情に対して見て見ぬふりをしていました。しかし、直に消滅するどころか、なかなかいなくなりません。時間が経つにつれ膨張し始めると、もはや解放感に浸る時間などなくなりました。





「おい、どうしたっていうんだい。終わったのだからそんなに悔しがることないじゃないか。テレビの仕事だってこんなに悔しくなることないのに…」





なのに悔しさで破裂しそうになる体。どうしたらいいのか。どうやってこの感情を発散すればいいのか。





「結構、あるじゃないか…」





厄介なことになりました。都内のピアノ・ホールを検索しています。





「結局、一万回の練習よりも、一回の本番。練習と本番は根本的に別物だから、僕に足りないのは本番の数なんだ!」





こともあろうに、ピアノ発表会なるものをやろうとしているではありませんか。





「ちょっと待ってよ。いまは衝動的になっているだけで、一週間後にはきっと忘れている。それに、みんな褒めてくれたじゃないか。東京フィルをバックにあれだけやれたら大したもんだぞ!そもそも、キミはピアニストではないのだから、そんなに悔しがらなくていいんだよ。キミはタレントとして、充分、役目を果たしたんだ!」





「タレントとして?そんなのまったく意味がない!僕は人間として納得がいかないんだ!いくら練習で弾けたところで、そんなの、やったけど家に忘れましたっていう宿題を忘れた言い訳と同じ。届けられなければ意味がない。僕に、どんな音が届けられるのか、自分で確認したいんだ!」





こんな未来が待っているなんて。どうして僕はいつも大変な道を選んでしまうのでしょう。こうやって歩んできたから、いまこの場所にいるのでしょう。どんなに周りが褒めてくれても、大目に見てくれても、自分が許せない。自分が納得しない。でも、この悔しさこそ、紘子さんからのギフトでした。





自分が注いだエネルギーが悔しさに変換されるわけですが、あのときの情熱は、「中村紘子」という大きな存在があったから。生半可な気持ちで向き合っていたら、ここまでのエネルギーは生まれなかったでしょう。あらためて、ピアノに対する想いに気付かせてくれました。客席から眺めた光景が、いまだに脳裏に焼き付いています。自分の音を届けたい、自分のピアノを奏でたい。その気持ちこそ、彼女からの贈り物。こうやって、人の人生に影響を与える者こそ、天才と呼ばれるのでしょう。





「自分の音を届けたいんだ…」 





そんな風に思ったのははじめてでした。もう、だれにも止められません。いま体の中にある感情を、手放してはいけない。





「この感情を、このエネルギーを、時間で薄めたくない」





そのとき、フーマンが誕生しました。





 彼は、ピアニストでも、それを目指しているわけでもありません。ただ、ピアノと羊を愛する男。衝動的でいいのです。途中、やらなきゃよかったと後悔もするでしょう。それを潜り抜け先に、きっと、見たことのない景色が待っているのです。たとえ失敗しても、それが僕の音であれば。それが、僕のピアノであれば。僕の奏でる音。第3楽章は、ピアノが主役のようです。





 





 





 








  



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